悪魔な太陽くんと餌の私

母さんを殺してすぐに、紫苑と名乗る夢魔が俺のところにやってきた。

彼は瞬間移動ができるらしい。空間を切り裂いて、いきなり俺の部屋に乗り込んできた。



「よぉ、橙。お前もやっとまた、こっちの世界にくる気になったんだな」



俺の顔を見て、彼は親し気にそう笑った。

だけど、俺は彼が何者か分からなかった。

橙という悪魔と融合したが、俺は橙の記憶も知識も引き継がなかったからだ。

そのことを話すと、紫苑さんは少しだけ悲しそうに笑った。



「そうか。まぁいい。それでも、お前が橙であることに違いはないんだから」

「その呼び方、俺が呼ばれてるような気がしないんだけど」

「慣れろよ。どうせすぐに、今の名前を捨てなきゃいけない時がくるんだから」



紫苑さんは夢魔の先輩として、俺に色々なことを教えてくれた。

獲物の狩りかた、力の使いかた、悪魔としての生きかた。

それこそ、本当の父さんよりも親身になって俺を指導してくれた。



「紫苑さんは、なんで俺にそんな親身になってくれるんだ?」

「俺様は仲間を大事にするって決めてんだ。この世界で生き残ってる夢魔は貴重だからな。昔はもっと多かったんだが、段々と少なくなっていった。だから、少しでも仲間を増やしてぇんだよ」



事情はよく分からないが、紫苑さんは他の夢魔のことも色々と気にかけて、後輩の世話を焼いてまわっているらしい。

喋り方は鬱陶しいし、目つきが悪くて服のセンスは無いけれど、俺にとって悪い人ではなさそうだ。



紫苑さんに言われたとおり、高校を卒業すると同時に俺は今の名前と人生を捨てることにした。

悪魔は年を取らないらしい。それに、俺が生きていくには定期的に人間から精気を奪わなければならない。春日太陽のままでは身動きがとりにくい。

名前にも家族にもなんの未練も無かった俺は、紫苑さんの提案をあっさり飲んだ。



悲しいとは思わなかった。

むしろ、新しい人生が始まるのだとワクワクした。

精気を得るために適当な女とセックスしなければならないのだけは苦痛だったけれど、それでも、夢魔になったからか前ほどこの行為に嫌悪を覚えることは無かった。

俺は、悪魔の自分に満足していたんだ。

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