堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
 褒められて気が高まったのだろう。そこからアンディはグラスの中の液体を一気に飲み干した。そして、空になったグラスを枕元にあるテーブルの上に置くと、マリーの両肩に手を添えた。
 マリーもゆっくりと、手にしていたグラスに口をつけた。ゆっくりと、その液体を飲み干す。上下する喉元を、男が食い入るように見つめている。
 だが、マリーは何事もゆっくりと。男を焦らすかのように、ゆっくりと、ゆっくりと。

 ふと、アンディの身体がマリーの方に倒れてきた。やっと薬が効いてきたようだ。
 マリーも手にしていたグラスを枕元にあるテーブルの上に置くと、手早く男の衣服を脱がせた。そして男をベッドの中へと引きずり込む。
 不本意ではあるが、胸元にキスマークでも残しておいてあげよう。それから、メモ用紙に「素敵な夜をありがとう」と書いた。もう一度唇に真っ赤なルージュをつけると、そのメモの脇にキスマークを落とした。

 後始末を終えたマリーは、その部屋を出て行く。
「素敵な夜をありがとう、アンディ」
 マリーはベッドの中で一人寝ている彼に、そう声をかける。もちろん、この声はアンディ本人には届いていないだろう。

 パタン、と扉が閉まる乾いた音が響いた。
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