夜が明けぬなら、いっそ。




「……惚れた男にそんなにも愛されていた娘が、…不幸な女なわけあるかい」



老婆は噛み締めるように震える声で言った。

それが今だけの慰めのような優しさだとしても、それでも良かった。


思わず顔を向けた俺へ、老婆は食いぎみに聞いてくる。



「お主、“けいしゅ”だろう…?」


「…そう、です」


「小雪はな…、誰かが顔を出す度に“けいしゅ”かと、必ずしも聞いてきたんじゃ」



起きることすらままならない身体で、音だけを頼りに少女は必ず俺の名前を呼んでいたという。

中には堪らなくなって「そうだよ、けいしゅだよ」なんて答える町人も居たらしい。



「っ、」



俺の腰に通された新しい刀。

それは俺が今まで持っていたものではなく、普通より軽い重さに作られたもの。


そう、小雪がずっと肌身離さなかった愛刀だ。



「小雪…、俺は生きよう。お前が殺せなかった命、何度もお前と出会った景色を見続けるよ」



そっと手のひらに落ちてきた“小雪”。

俺へぬくもりを与えて、俺のぬくもりを感じて、一緒に溶けてゆくようだ。


もしまた、いつか会えたら。

そのときは俺の好きな花の話を聞かせよう。


あぁそれと、こんな人斬りの男が、出雲 景秀が唯一惚れた女の子の話もね───…。



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