逆プロポーズした恋の顛末


「幸生、ここがパパの働く病院よ」


アレコレ気になるお店や建物を二人で確かめながらようやくたどり着いた立見総合病院の大きな建物に、幸生はぽかんと口を開けて驚いている。


「ひとも車もたくさん出入りしてるから、外から見るだけね?」


数多くの診療科を抱えているからか、連休中であっても人の出入りは多い。
タクシーなどの送迎の車も頻繁に行き交っている。


「うん! パパ、お仕事たいへんだもんね!」


実際に、どれほど医師という職業が大変か理解しているとは思えないが、一人前にそんなことを言う幸生に頬が緩む。


「そうよ。パパはいろんなひとの病気やケガを治してあげるお医者さんで、すごく忙しいの。だから、おうちに帰ってきたら、おつかれさまって言ってあげてね?」

「言うよ! ねえ、ママ。あそこには何が書いてあるの?」


外から見るだけ、と言っても、好奇心旺盛な幸生は黙っていない。
見慣れた小さな古ぼけた診療所とはちがい、病院のピカピカ光る看板に、たくさんの診療科名があるのを見てさっそく質問する。

病院にはいろんなお医者さんがいて、患者さんの病気やケガによって担当が変わること。
タケさんのように、お薬だけでは治らない怪我や病気をしたときは、入院して治療を受けることなどを説明すれば、わかったようなわからないような顔で頷く。

しばらくの間、幸生と一緒にガラス越しに見える一階フロアの様子を眺めていたが、繋いだ手が少し汗ばんでいるのを感じた。


「ね、幸生。あそこの公園で、ちょっとお休みしてジュース飲もうか」


道路を挟んでちょうど向かい側に小さな公園がある。
遊具などはなく、ベンチに座って手入れされた花壇を眺めるといった程度の小休憩用だ。


「うん! ジュース飲みたい!」


ジュースを飲み終えたら、マンションへ戻り、ちょっと昼寝をさせて……と考えながら、通りを行き交う車を眺め、田舎とはちがって軽トラは見かけないな、なんてことを思う。

信号待ちの時間は結構長く、幸生は隣にならんだ老婦人に話しかけられて、得意げにパパはお医者さんなんだと話している。

他愛のない会話を聞きながら、ふと何気なく眺めていた通りをネイビーブルーの車体が横切った。

ほんの一瞬だったが、見覚えのある顔が運転席と助手席に見えた。


(え? 尽と……森宮さん?)


< 171 / 275 >

この作品をシェア

pagetop