逆プロポーズした恋の顛末


頑固者の所長は、三歳児の無邪気な提案を大人気なくも断った。


「いや、あっくんじゃなく、おじいちゃん先生がいい」

「あっくんでいいだろ」


ニヤリと笑う尽を軽く睨み、「呼ばれ慣れている方がいいんだ」と言い返す所長の様子にホッとした。

辛さも、苦しさも、和らいではいないだろうけれど、泣けたことで少しだけ、気持ちが楽になったのかもしれない。


「あとでお義父さんに住所を聞いて、ホスピスへ送りますね?」


そう言えば、素直に「頼むよ」と言ってくれた。

一通の手紙で、頑なになった夕雨子さんの心が解れるかどうかは、わからない。
けれど、閉ざされた扉の向こうにいるひとに気づいてもらうには、黙って扉の前に立っているだけではダメだ。
ノックして、会いたいのだと訴えなくてはいけない。


「で、ジイさん、これからどうするつもりなんだ?」

「なるべく早いうちに、こちらへ戻って来るつもりだが……」


はっきりとそう告げた所長の気持ちは、固まっている。
しかし、診療所のことを考えると、身軽には動けないのが現実だった。


「後任のアテは?」

「これから探す。後任が見つかるまでの間は、村雲君に週末の間だけ、町に滞在してもらうように頼もうかと思っている。村雲君にとっても、悪い話ではないだろうし……」


いま頃、彼は別れた奥さんと再会しているはずだが、所長からは心配している様子は微塵も感じられなかった。
それどころか、復縁を確信しているかのようだ。

尽もあっさり「本人からそうしたいと言ってくるだろうな」と言う。

ただ、所長がこちらにいられるのは、長くてもあと数日。
村雲部長も、急な転職が許される立場にはない。

所長にしたって、たとえ常連さんとの茶飲み話が治療の大半であっても、きちんとした引き継ぎもせずに仕事を投げ出すのは、医師としての責任感が許さないはずだ。

しかし、尽はそんな問題を一気に解決できるかもしれないと言い出した。


「まあ、当面はそれで乗り切るしかないだろうけど、逆の方が早く後任が見つかるかもしれないぜ?」

「逆?」

「診療所は村雲部長に任せて、村雲部長の後任をヘッドハンティングするんだよ」

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