逆プロポーズした恋の顛末
「は、……」
所長は、笑おうとして、失敗した。
突然涙をあふれさせたおじいちゃん先生に、幸生はびっくりして固まる。
自分が何か悪いことをしたのでは、幸生がと考え出す前に、尽が素早く抱き上げた。
「幸生。おじいちゃん先生は、幸生の絵があんまりにも上手なんで、びっくりしたんだな」
「そうなの……?」
「ん? ああ、そうだよ。本物のエンゼルフィッシュそっくりだなぁ。それに……字も書けるなんて、びっくりしたよ」
尽のフォローに、所長はすぐさま笑みを取り繕う。
「よーじくんがおしえてくれたんだ! 『ありがとう』も書けるよ?」
幸生が通っているのは、田舎の、しかも少人数の保育園だから、年齢がちがう子たちとも自然と交流し、いいことも悪いことも、いろんなことを教わってくる。
突然の変化、成長に驚かされるのは、日常茶飯事ではあるが……。
(子は、親の知らないところで育つとかって言うけれど、育ちすぎのような……)
成長が嬉しいような、まだ先のことだとは思いつつも、こうやって親の手を離れていくのだと思うと寂しいような、複雑な気持ちだ。
所長は、幸生がリュックサックから取り出した、キャラクターつきのポケットティッシュで涙を拭い、「お手紙には名前が必要だな」と言い、幸生のクレヨンを手にする。
「ぼくも! ぼくのなまえもむずかしいので書いて!」
所長とならんで、ひらがな(と思われる)で自分の名前を書こうとしていた幸生は、所長が「旭」と漢字で自分の名前を書くのを見て、「そっちの方がカッコイイ」とでも思ったのだろう。
ヨレヨレっとした線を一本書いたところで手を止め、所長にねだった。
「そのうち、漢字でも書けるように練習しないとならないぞ?」
「うん! する!」
幸生は、左右の隅っこに「幸生」と「旭」とあるのを見て満足そうに頷いたものの、「あ」と言って首を傾げた。
「おじいちゃん先生は、ゆーこちゃんとかさっちゃんみたいなお名前、なんて言うの?」
いまさらか、と思ったが、考えてみれば幸生は生まれた時からずっと、「所長」「おじいちゃん先生」、もしくは「大鳥先生」としか聞いたことがない。知らなくて当然だ。
「あきら、だよ」
「じゃあ、おじいちゃん先生じゃなくて、あっくんにする?」