逆プロポーズした恋の顛末


尽は、ひどく驚いた顔でわたしを見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。


「なりたい職業が、むいている職業とは限らない」


きっと、本来は自信家であろう彼が、そんな弱音を吐くのは滅多にないことだと思われた。

過酷な研修スケジュールの中、必死に目の前にいる患者と向き合う中で、指導医やベテラン看護師、時には患者に叱られることもあるだろう。
自分が未熟であることをまざまざと見せつけられ。先輩医師たちとの大きな差に落ち込むこともあるだろう。

そうして、どんどんすり減っていった自信は、いまや跡形もなくなっているかもしれない。

でも、裏を返せば、よりよくなりたいと思っているからこそ、真摯に向き合っているからこそ、自信をなくし、自分の不甲斐なさに落ち込むのだ。
現状に満足し、上を目指すことを諦めているならば、そんなことにはならない。

専門的なことは何もわからないけれど、そんな未来の名医を励まし、元気づけてあげたいと思ってしまうのは、もう職業病だ。


「わたし……小さいころからあんまりひとと話すのが得意じゃなかったの。友だちも少ない方で、ひとりで本を読んでいる方が好きなタイプで」


尽は、信じられないといった表情になる。


(いや、まあ、いいけどね? 頬とはいえ、いきなりキスかますような女が引っ込み思案とか信じられないのもわかるけどね?)


それこそ、お店でホステスとして働いているわたしを見たなら、きっともっとすごい顔になるにちがいない。


「だから、気の利いた会話なんてとてもできなくて。お客さんに逆に気を遣わせてしまう始末だったのよ。いつクビだと言われてもおかしくないと、毎日ビクビクしていた。でもね、あるお客さまに言われたの」


ロクに会話もできないわたしなのに、通ってくれた九重会長の言葉を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。


「いつも一生懸命話を聞いてくれてありがとうって。お酒を作る手を止めて、真剣に耳を傾けてくれるのが嬉しいんだよって言われて……。お酒を作るのもすっかり忘れて聞き入っちゃうなんて、ホステスとしてはあるまじき失態なんだけどね。でも、そのひと言で、ステレオタイプのホステスを目指すのは、やめたの。とことん聞き上手になろうと決心したの。だって、お客さまには、『ホステス』のいる店ではなくて、『わたし』のいる店に行きたいと思ってもらいたかったから」

「…………」

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