逆プロポーズした恋の顛末
「ね、まだあと二本あるんだけど、シェアしない?」
十五分と経たずにバスルームから出てきた尽に、残っていた二つのブリトーを示す。
尽は、何か言いたげな顔をしたが、頷いた。
「どっちが食べたい?」
「どっちでもいい」
「じゃあ、こっちね。ちゃんと半分残してよ?」
温めたピリ辛ソースのブリトーを渡し、冷蔵庫から二本目の缶ビールを取り出すわたしを尽が苦々しい声で咎める。
「飲みすぎだ。店でも、さんざん飲んでるんだろ?」
「お店では、ボトルは入れても、お酒を飲まないお客さんだっているの。常連さんもだらしない飲み方をする人はいないし、こちらに無理に進めてきたりもしない。どうしても飲まなきゃならないとき以外は、飲まないわ。お酒の力を借りずとも、話術や気遣いでお客さまをリラックスさせられるホステスを一流と言うのよ。第一、毎晩大量に飲んでたら、どんな酒豪でもあっという間に身体を壊すでしょ」
「それでも……飲み過ぎだ」
「お酒が飲めない尽にはわからないかもしれないけれど、料理と合うお酒を飲むと、両方の美味しさが引き立つのよ?」
「それくらい、知っている」
むっとした様子で言い返した尽は、わたしの手から缶ビールを奪うと喉を鳴らして飲み出した。
「ちょ、ちょっと! 何してんのよっ! お酒飲めないんでしょっ!?」
体質的にお酒が飲めない人は、たとえ少量でも具合が悪くなってしまう。
しかし、焦って止めたわたしに、尽は「飲めないわけじゃない。飲まないようにしているだけだ」と言う。
「え。そう、なの?」
「急な呼び出しがあった時、酔っ払っているので対応できませんなんて言えない。だから、完全なオフが約束されていない限り、極力飲まないことにしている」
「お医者さんって……本当にその仕事が好きじゃなくちゃ、務まらないわよね」
「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないだろ。医者になる動機は千差万別だ。親が医者だからとか、単に人体に興味があったからとか。素晴らしく感動的な動機で選んだ道とは限らない」
「尽は? どうしてなろうと思ったの?」
「あ? ご期待に沿えなくて悪いが、それ以外の選択肢がなかったからだよ」
そう言う声には苦いものが混じっている。
跡継ぎという立場になったことがないから、彼の気持ちを丸ごと理解できるとは口が裂けても言えない。
それでも、医師という職業は、生半可な気持ちで進むには険しい道だ。
「始まりはそうだったとしても、覚悟がなきゃできないし、続けられないわよ。六年も勉強して、研修医として現場で駆けずり回って。それでもまだ辞めずにいるんでしょ? それは、辞めたくないという気持ちがあるから。一人前の医者になりたいと思っているからじゃないの? だったら、選択をまちがえてはいない。そうでしょ?」