逆プロポーズした恋の顛末


弾けるような笑顔は、父親にそっくりだ。

彼――尽と会わなくなって四年が経つのに、その姿をちっとも忘れられないのは、目の前にミニチュア版がいるからだった。


(本当に……どんどん似てくるわね。将来、瓜二つになるのはまちがいないわ)


嬉しいような、切ないような、何とも言えない気持ちになる。

自分で靴を履き、見送る保育士さんたちに「さようなら」とお辞儀をした幸生は、するりとわたしの手に自分の手を滑り込ませた。


「ママ、きょうは早いね?」

「うん。車で来たからね」

「車?」


不思議そうな顔をした幸生は、運転席で手を振る所長を見るなり、「おじいちゃん先生だ!」と嬉しそうに手を振った。


「こんにちは、おじいちゃん先生!」

「おかえり、幸生くん」


自ら後部座席のチャイルドシートに乗り込んだ幸生は、シートベルトを装着してやるなり所長を質問攻めにする。


「おじいちゃん先生! お迎えに来てくれたのは、なんで? うちに来るの? ごはん一緒に食べる?」

「お迎えに来たのは、幸生くんの家に寄るつもりだからだけど……」


所長がうちに立ち寄るのは、日常茶飯事だ。
家庭菜園で獲れた野菜や釣った魚を届けがてら、わたしたちの様子を見に来てくれ、しょっちゅう行き来がある。


「所長の都合がよければ、ぜひ一緒に。きょうは、ハンバーグです」

「お! それなら、ぜひとも食べなくちゃならん」

「やったー! じゃあ、ごはん食べたら、絵本読んでくれる?」

「ちょっと、幸生!」


図々しくお願いごとまでする息子をたしなめようとしたが、所長があっさり「いいよ」と言ってしまう。


「何の絵本かな?」

「これ! がいこくごの絵本なんだよ!」


幸生がリュックサックから取り出したのは、誰でも一度は読んだことがある有名な絵本。
アルファベットを勉強するための絵本だった。

保育園には、絵本がふんだんに用意されていて、気に入ったものは借りることができるので、絵本が大好きな幸生は毎日とっかえひっかえ持ち帰って来る。

バックミラー越しに絵本の表紙を確かめた所長は、顔をほころばせた。


「おー、その絵本なら知ってるよ」

「ほんと? じゃあねぇ……エーは、りんごでぇ……あっ……ぷる?」

「うん、appleだ」


所長の口から本格的なアクセントの英語が飛び出すと、幸生は大興奮で手を叩く。


「すごーい! もういっかい、言って!」


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