逆プロポーズした恋の顛末

身だしなみ、言葉遣い、立ち居振る舞いから、お酒やタバコの銘柄、そして国内外の政治経済ニュースの読み方まで。

ママが親身になって教え育ててくれたおかげで、働き始めて一年が経つ頃には、何とかやっていけそうだと思えるくらいにはなれた。

とはいえ、ずっとホステスを続けるつもりはなかった。

一、二年も働けば、あっという間に大金を稼げるだろう。
そうしたら、祖母をこちらへ呼び寄せよう。
頻繁に顔を見に行ければ、寂しい思いをさせずに済む。
わたし自身も、大学に入り直して、もう一度夢を追いかけることだってできる。

そんなことを考えていた。


現実は――、



老人ホームの支払いは、祖母が生きている限り続く。
病気になって通院や治療が必要になれば、その費用も別途発生する。
自分の生活費もあるし、ホステスとして「美しさ」を維持するのにもお金がかかる。
太客もいない、新人ホステスの収入では、倹約して幾ばくかの貯金をするのがせいぜいだった。

やり方次第では、もっと稼げたかもしれない。

同僚の中には、客と肉体関係を持ち、高価なプレゼントをもらったり、売り上げを確保したりする人もいた。

けれど、わたしは「店の客とは、本物の恋愛関係にはなるな」というママの言いつけを守る方を選んだ。
男性を手玉に取るなんて、自分には無理だとわかっていたから。

その代わり、わたしはママの教えどおりに、日々の営業努力を欠かさなかった。

毎日政治経済のニュースをチェックし。営業メールや電話をこまめにし。
お酒に限らず、服や趣味など客の好みを把握して、頭に叩き込むのは当たり前。
バレンタインデーやクリスマス、誕生日、記念日、昇進などのお祝いも欠かさない。
自分の売り上げにはならない、ヘルプで付いたお客さんにも同じように。

そうこうしている間に、ひょんなことから知り合ったひとが太客になってくれたり、辞めていく同僚たちの客を引き継いだりして、売り上げを確保できるようになり、気がついたら八年が過ぎていた。

辛い思いをしたこと、悔しい思いをしたことはもちろんある。
が、素晴らしい出会いがあり、貴重な経験をたくさんさせてもらった。

溺れるほどではなかったけれど、それなりに恋もした。
けっして、不幸な人生ではなかった。

ただ、生活のためだけにいまの仕事を、いまの生活を、ずっと続けていけるのかと問われると……何とも答えられない自分がいるのも事実だった。

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