逆プロポーズした恋の顛末


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(久しぶりに、疲れた……)


最後の患者さんが会計を終え、診療所の入口に「休診」の札を下げた時には、五時を少し回っていた。

忙しさのあまり、尽のことを考える暇がほとんどなかったのはありがたかったが、のんびりした空気に慣れ切っていた身には、キツかった。

尽と所長もかなり忙しない一日だったと思われる。

所長は町で唯一のお医者さんだ。
たとえ短期間でも、代役を務める尽は、連携を取る可能性がある人たちと顔だけでも合わせておく必要があった。

二人は、お昼を食べに出るついでに役場や薬局、学校に交番など、あちこち挨拶回りをし、休憩らしい休憩もなく八時間働き詰めだ。


「さてと……仕事は終わりだ! 幸生くんを迎えに行くぞー」


後片付けを終え、尽と一緒に診察室から出てきた所長がウキウキした様子で宣言するのを聞いて、顔が引きつる。

いつもなら、ようやく幸生を迎えに行けると気持ちが弾むところだが、今日は気も、足も、腰も重い。


(山岡さんもいてくれるのが、せめてもの救い……)


さすがに尽も、他人の目があるところで、何かしようとは思わないだろう。
いきなり問い詰められるような事態にはならないはず。

そう思っていたのに、山岡さんはスマホ片手に申し訳なさそうな顔をした。


「すみません、所長。旦那から、具合が悪くなって出張を切り上げて帰って来たと連絡があって。またの機会に参加させていただけませんか?」

「え! 具合が悪いって……大丈夫ですか?」

「出先で風邪が流行っていたので、それをもらったみたいね」


山岡さんの旦那さんは、町役場の産業環境部の部長を務めていて、この町で獲れる農作物や水産物をブランド化しようと奔走している。
売り込み、根回しなどで大手食品メーカーや食品量販店、国の機関に出向くため、出張が多く、ホテル暮らしと外食続きでは疲れも溜まるだろう。調子を崩しても不思議はない。


「ただの風邪とバカにしてはいかん。往診に行こう」


脱いだばかりの白衣を手に取ろうとする所長を山岡さんが押し止める。


「大丈夫です。熱も微熱程度のようですし、うちに薬もありますし。あのひと、注射が大キライなんで、点滴もイヤがりますし。今夜一晩、様子を見ます」

「そうか? 症状が悪化するようなら、遠慮なく連絡するんだぞ?」

「はい、そうさせてもらいます。立見先生、またの機会にご一緒させてくださいね? りっちゃん、イケメン三人と焼肉なんて、両手に花よ。楽しんで!」


両手に花。

確かに、所長――過去のイケメン、尽――現在のイケメン、幸生――未来のイケメンと揃っている。が、楽しめる気はしなかった。

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