逆プロポーズした恋の顛末
今朝の様子を見るに、尽は幸生を不用意に動揺させる真似はしないと思われるけれど……もし幸生に、尽のことを訊かれたら、何と答えるべきか。
何一つ考えがまとまらないまま、所長の車で保育園へ向かった。
幸生は、よほど楽しみにしていたのだろう。
靴を履いて、保育園の玄関の入り口で待ち構えていた。
車の後部座席に乗り込むなり、助手席に座る尽にさっそく話しかける。
「こんにちは、おじいちゃん先生、おにいちゃん先生! ね、おにいちゃん先生は、がいこくごの絵本読める? これだよ!」
幸生がリュックサックから取り出したのは、先日とは別の絵本。あおむしが卵から成長して蝶になるまでを描いた、有名な絵本だった。
「懐かしいな。子どもの頃、俺も大好きでよく読んでいた絵本だ」
「ほんと? サオリちゃんのおうちには、あおむしがついた絵本があるんだって!」
「あおむしがついた? ぬいぐるみがついてるヤツのことか。欲しいのか?」
「ほしいけど……もうお誕生日はおわったから、クリスマスにサンタさんへおねがいするんだ!」
欲しいものすべてを買い与えるのは教育上よろしくないし、金銭的な余裕もないので、幸生には誕生日とクリスマスに限り、リクエストを受け付けてあげると話してあった。
尽は、受け取った絵本をパラパラとめくっていたが、振り返ると幸生に提案する。
「じゃあ、俺があおむし付きの絵本をプレゼントしよう」
「え、いいのっ!?」
「今回は特別だ。ちょっと遅くなったけれど、誕生日プレゼントに」
そう言う尽が、あまりにも優しい笑みを幸生に向けるのを見て、とてもダメだとは言えなかった。
「でも、ちゃんと自分で読めるようになるまで、大事にすると約束できるなら、だ」
「やくそくできる! ぼく、絵本をたくさん読んで、お医者さんになるんだ。お医者さんになるには、たくさんべんきょうしないとダメなんだよ!」
「え? 幸生……お医者さんになりたいの?」
まさか幸生が「お医者さん」になりたいと考えていたなんて、知らなかった。
「うん! おじいちゃん先生みたいになるの!」
「そうかそうか。幸生くんは、お医者さんになりたいのかぁ。じゃあ、いっぱい勉強しないとならんなぁ」