逆プロポーズした恋の顛末
お風呂上りの尽は、タオルで濡れた頭を拭いながら、不機嫌そのものの顔で所長を睨んだ。
「いつって、ほんの少し前の話だろうが。いいか、りっちゃん。言いたいことは、全部ぶちまけてやるんだぞ? どんな事情があったにせよ、りっちゃんたちを放置していた尽が全面的に悪い。尽、二人目を作るのは、これまでのことにすべてケリをつけてからだぞ。いいな?」
「しょ、所長、何を……」
そんなつもりはないとうろたえ、口ごもり、視線をさまよわせるわたしとは対照的に、尽はきっぱり言い切った。
「んなことするかよ」
「どうだか……」
「ここから先は、俺と律で話す。ジイさんは、さっさと寝ろ」
「まったく……その口の悪さ、早々に改めろ。幸生くんが真似したらどうするんだ」
「この程度で大騒ぎすんなよ。この先、保育園や学校で、もっと汚い言葉を覚えてくるんだぜ? 特に、男の子はXXXとか、XXXとか、大好きだからな。注意したら、余計に面白がって叫びまくったりするし、何を訊いてもそれしか言わなくなったりもする。律も、いまから免疫つけといた方がいいぞ」
確かに、保育園で会う幸生より年上の男の子を持つママさんたちは、年々手に負えなくなって来るし、とんでもない場面でとんでもないことを言い出すと嘆いていた。
しかし幸生は、好奇心は旺盛だけれど、どちらかというと大人しい方で、荒っぽい遊びはしたがらない。
XXXとか、XXXとか叫ぶ息子の姿なんて、想像したくもなかった。
「や、でも、幸生はそうはならないんじゃ……」
「自分の子だけは例外だと思うのを、親バカって言うんだろ」
呆れ顔でそう言う尽に、所長が反論する。
「親バカは、愛情の一種だ。それに……幸生くんが悪タレ小僧になったら、それは尽の血を引いてるせいだぞ」
「俺だけが、特別口が悪いガキだったわけじゃねーだろ?」
「いいや。おまえは特別だ。わたしのことをいきなり『ジジイ』と呼んだからな。アレのことは、ちゃんと『おばあちゃん』と呼んだのに……」
「何十年前のことを根に持ってんだよ! もういいから、寝ろって!」
仏頂面の尽は、不貞腐れる所長を無理やりリビングから追い出した。
階段を上る足音が聞こえなくなったところで、大きな溜息を吐き、ソファーにいるわたしの隣に身を投げ出すようにして座る。
しんと静まり返ったリビングに満ちる空気が重苦しい。
「ええと……何か、飲む?」
そう言って、キッチンへ行こうと立ち上がった腕を引かれ、横ざまに倒れ込んだ。
「きゃ、……ご、ごめんっ」
思いきり尽の上に乗っかってしまい、すぐに起き上がろうとしたところを抱きすくめられる。
「逃げんなよ」
「逃げてなんか……」
抱きしめられているせいで、尽がどんな表情をしているのかわからない。
けれど、わたしを抱く腕には抱擁と言うには過ぎた力が込められている。
長いようで短い沈黙の後、呟いたのはほぼ同時だった。
「……ごめん」
「……ごめんね」