春夏秋冬《きせつ》の短編集
転勤と思い出の場所
地元を離れるつもりなんて無かった。
仕事のために仕方なく、なんて思いたくも無い。
でも僕は一年経たない新入社員。
独身、実家暮らしの自分には言いやすかったらしく、入社一年後の異動願い。

(行きたくない…なんで……)

新入社員だ、断れるわけが無い。新幹線通いなんていい顔されるはずもない。

一人暮らしは決定。

実家にずっと居たいんじゃない。自分の意志でじゃないのが特に嫌だった。

それにもうすぐ春。
自分にはお気に入りの場所があって、そこの何本もの桜を、咲く頃から緑の葉に変わる季節までよく見ていた。それなのにもう間近では見られないのが悲しかった。

「あの公園で見る景色が良かったのに……」

小さい頃から見てきた桜。通りすがり少し離れてでもいい、少しずつ変わっていくさまを見るのが自分の中で楽しみだった。


(ここももうすぐ見納めか……)

人通りもまばらな、街の隅にあるこの公園。
桜はまだ咲き始め。
まだ冷たい冬の風が桜の木を撫でる。

サラサラサラ……

桜の枝が風で小さく揺れる。

その瞬間、スッ、と、綺麗な女性が現れた。
桜色の着物に、長い焦げ茶色の髪。全体的に半透明で、後ろが透けて見える。

(幽霊!?でも…)

彼女は不安そうに周りを見渡し、悲しそうにため息をついている。

(あ、僕に気付いた!)

そう、その女性は少し笑って、僕に向かって頭を下げたようなのだ。
他には誰も公園にはいない。

(まるで顔馴染みにするみたいな挨拶…)

思わず自分も頭を下げ返したけど、その人は周りをもう一度見渡して小さく首を振り、そのまま後ろを振り返って消えた。

「……。」

誰かを待っていたのだろうか?
なぜ僕に会釈をしたんだろう?

その日はもう、女性が現れることはなかった。
< 1 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop