春夏秋冬《きせつ》の短編集
僕は次の日も公園にやってきた。
仕事終わりで夜だ。もう誰もいない…

(…居た……)

幽霊らしい彼女は公園の隅で、そわそわと落ち着かない様子で立っていた。

(幽霊の待ち合わせ…?幽霊だと思っても全然怖くないんだけど…だとしたらどんな相手を待っているんだろう?)

そのうちまた彼女はゆっくりと後ろを振り返って消えた。

(…桜の木の下に、まさか……)

僕は怖いもの見たさで、恐る恐る彼女の消えたあたりの、もう暗い桜の木の土の辺りを覗き込んだ。
でも黒く見える土に木の根が見えるばかり。

その時、

『早く会いたい……』

突然、風に乗ってそう聞こえた。

『今は私が春を呼ぶ季節…あの方はまだ来ないわ…』

また…。あの女性の声だろうか。

サアアア……

何本もの桜の枝が風で揺れる。
蕾だった桜が僕の目の前で少しずつ咲き始め、ほんの少ししか咲いていなかった木を桜色に染めた。

「…!!」

彼女が春を呼んだのだろうか?
彼女が春を呼ぶ者なら、彼女が待っていたのは…

そろそろ他の花も咲き始めて、虫も起きだす時期だ。

「…。」

僕はまたここに来よう。
遠くに行ったって、時々ならその気があれば戻ってこられるんだ。
きっとここも変わらずにいてくれる。

遠くだっていい、僕のお気に入りで、それから彼女の、大切な待ち合わせ場所なんだから…
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