春夏秋冬《きせつ》の短編集
サアァァァ……

いっそう強く吹いた、熱を含んだ夏の風。

気付くと俺の目の前には体が半透明に透けた幽霊。しかも薄緑色の着物を着た男だ。
非現実の中にいた俺はこんな突然のことに、全く怖さを感じなかった。
男は穏やかな足取りで下駄を鳴らしながら笛を吹く。

その途端俺はなぜか、緑の木々が煌めきながら風にそよいでいる中で、あの時のままのアイツが笑った気がした。

そして笛の音の終わりとともに、その男も消える。

あれは幽霊じゃない。幻を見せるなんて…


次の日から店では、祭りに向けた話し合いが始まった。
少しずつ準備をしていくことになったが、何故か俺は新鮮な気持ちで向き合うことが出来、俺が思いついた案もいくつか通ることになった。

もう少しだけ、今の仕事に向き合ってみようと思った。


仕事終わりに帰り支度をし、家から作って用意したものを忘れず手に取る。

従業員用の冷蔵庫に可愛い包みで入れておいたため、後輩に「これからデートですか??」なんてからかわれたが、俺は思わず顔がほころんだ。

…そうだよな、そういうことになるもんな…何年ぶりだろうな……

「…まあな。明日は予定通り休みをもらうよ。じゃ、また明後日!」

俺は夕方の電車に乗り、お前が眠る街を目指す。


地元の人間にしか分からないような一角にある、昔に二人で来た小さな公園。

もう夜だというのにたった一人、木のそばに誰かがいる…

俺の働く店の裏で見た、幻を見せたあの着物の男だ。
あの時見たままの半透明な姿で呟く。

『役目を全うしよう…彼女も僕を待ってくれている…。幻を思い出に…夏は僕の季節…夏は人の想いが集まる……』

男は目を閉じてまた笛を吹き始めた。その音色とともに、緑の木々がサラサラと音を奏でる。
夏の幻を見せた笛の音は、アイツに会いに行く俺の耳にいつまでも響いた。

…そうだ、夏は、お前との一番の思い出の季節だったな…

全然会いに行かなくて悪かったな…
今日はお前が食いたがっていた俺の作った料理を持っていくから…俺でも店を開けるか、味を見てくれよ……
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