マエノスベテ
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そんなわけでしばらく歩いて店に向かう。
ラーメン屋の入り口には、食券の販売機があるコーナーがあり、ここからチケットを購入してレジに向かうようだった。
あまりこのような場所に来ないので、なんだか物珍しい気がする。
「お金あるの?」
ぼくははっと我に返り、聞いてみる。
「どうせ昼食は外になると見越してたから、持ってきた。君のも払うよ。あとで返してくれ」
用意周到だった。
タッチパネルを押すと、いらっしゃいませ、と丼のイラストが浮かび上がる。それを押すと金額とメニューの表が、ずらっと並んで居た。壁にも同様にメニューが書いてあった。
「これじゃただ食べに来たみたいだな」
「食レポはしないよ」
レジで注文をして、箸などをとって向かい合って席につくと、来ていた周りの客がちらりとこっちを見た気がした。
穏やかに注文を承るレジ側と、雰囲気が、違う。
「事件の……」
「ほら、あの子って」
ざわざわと、席から声がする。いろんな声。
「目を合わせるな」
「あの店行った?」
「俺がこの先輩だったら、殴り付けてますよー、わざわざ、雨の中助けたのに、この後輩なんすか生意気」
「やっぱり、凍らせ過ぎたらほぼ水みたいな味になるじゃない?そしたら甘さが」
「あら、あの子」
「こっち向いてー!」
耳を塞いでしまいたいのに耐えていると、しばらくして注文が届いた。メシテロ小説じゃないのでそのあたりは割愛するが、それなりにおいしかった。
彼は食べ終えた後、店員が片付けにくるタイミングで替え玉無料の日に来た客について聞いていた。
いつ撮ったのか、なにかから入手したのか、『マエノス』の写真を彼が携帯の画面に映して指す。
このときの店員は頭に黒い頭巾をつけた青年だった。
「あぁ、たぶんそのくらいの日も居ました。俺も居たんですが、女性とその男性でしたら印象に残ってます、わりとたまに、此処に来ますよ。独占欲というか彼女大事にされるみたいで、テーブルにご注文を置くときに……いや、もう戻りますね」
彼は最後に、その日付を聞くのを忘れなかった。
恐らく、と先週の金曜日を示してくれた。
2019/05/31 22:07
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店から出ながら、彼はぼくに謝ったが、ぼくはぼくで彼とでも居なければこういったところに寄らなかったと思うことや、新たな経験になったということを告げた。
「殺人犯と同じ席と言われているよりは、マシな気分だよ」
彼は、じっとぼくを見て、少し悲しそうな目になった。
「あれは、きみが、殺したわけじゃないだろう」
「櫻さんは、ぼくが殺したと言った。ぼくは、殺したんだよ」
帽子がちゃんとかぶれているか確認しながら、息を吐き出す。 近所に住む櫻さんという作家をしている女性の父親を――ぼくは殺している。
もっとも、それは短くまとめた結果であるのだけれど。
今ぼくの隣に居る彼の巻き込まれた誘拐事件と、何か繋がりを持っているある組織と関わっていたのが、その父親だった。この街は、その櫻さんたちが多くの土地を持っていたから、それからはあちこちから恨まれている。ずっと。
「逃げ出した、だけじゃないか、それに」
「君がわかってくれるならいいさ。でも、今の、この現状は、みんなぼくを避けているじゃない?そういうことなんだよ」
正義とか悪とかじゃない、何か。事実は事実。どうにもならないだろう。
「謎が、解けなきゃ、もっと多くの人間が殺されていた。僕も、死んでいたかもしれない、僕は、正直櫻さんがきみをどう言おうと別に構わない」
「なんでそんなに、必死に言うんだ?」
彼がやけに困った顔になるのでぼくは逆に、穏やかに笑った。
「どんな理由でも、誰かは死ぬよ」
櫻さんの声を、微かに思い出す。なにを、言ったかまでは、よくわからなかった。
ぼくは、ただネタにされているどころか、櫻さんには執拗にネタにされているのだが、これもこの憎悪が背景にあるみたいだ。少し前に見かけた彼女は、父親殺しの主人公の話を描いていた。
「櫻さんの恨みは相当なものなんだ。だからこそぼくを常に描かなければ、昇華出来ないという凄まじい暗示にかかっている。もはや自分の意思では止めることが出来ない。
出版社側も、それを黙認しているしかない状態なんだと思うよ」
2019/06/02 23:43