この華は紅く染まる

一話 ラウドの森

「お目覚めになられましたか?」

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井が広がっていた。
 心地よいシーツの感触は、今まで私が生きてきた中で感じたことの無い心地よい感触。
 柱時計が、チクタクと時を刻む。
 見渡す限り天鵞絨(ベルベット)の赤い絨毯が広がっていた。アンティークなベッドで眠る私を、少年が穏やかな微笑みを浮かべて覗き込んでくる。
 年齢は、15歳くらいかしら?
 月みたいに神秘的で、現実離れをした美しい顔をしている。
 村では見たことのないタイプの子だわ。

「ここは、どこ? お父さんとお母さんは?」
「ここはどこ……ですか? ラウドの森にある最深部のお屋敷です。貴女は気を失って倒れていたところを、私と執事たちでここまで運んできたのです」

 そうだわ。
 私は意識がはっきりするに連れて、自分たちの身に起きたことを思い出した。幌馬車(ほろばしゃ)で、両親と共に新天地に向かっていた途中だった。
 このラウドの森を抜けた先に次の村があると聞いたの。もっと早い時間にこの森を抜けるつもりだったけれど、馬車の調子が悪くて予定が狂ってしまったんだったわ。
 辺りが段々と暗くなってくると雪が振り始めて、狼の遠吠えが聞こえた。
 狼の出る森で一夜を明かす計画なんて立てていなかったから、私たちは焦り始めていたの。

「私たち馬車に乗ってきたの……、途中で狼の鳴き声が聞こえて、お父さんが火で追い払って……それから思い出せない。馬車は見なかった?」
「いえ……馬車は見かけなかったですし、貴女のご家族も存じ上げません。狼に追われていたのでしたら、貴女だけ馬車から振り落とされてしまったのかも知れませんね」
「そんな……」

 少年の言葉に絶望する。
 両親が、自分を置いていくはずが無い。
 でも、逃げる途中に馬車から振り落とされてしまって……頭を打ってしまったんだとしたら記憶が曖昧なのも頷ける。
 けれどこのお屋敷の方に馬を借りても、二人の後を追っていける自信はない。

「私はフランシスと申します、ここで旦那様の僕従(ぼくじゅう)をしております」
「私はエルザです。あの、助けて頂いたから当主様にお礼をしたいのだけど。そして出来れば馬を貸して頂けないかしら?」
「旦那様はほとんど人前には出ないので……。
 この森には貴女もご存知のように、狼が生息していますので、一人で屋敷を出るのは危険です。旦那様も、好きなだけいるようにと仰せですから……ご遠慮なさいませんように。
 お食事もご用意しておりますので好きなだけ召し上がって下さい」

 フランシスは年齢のわりに落ち着いた口調と穏やかな表情で微笑む。
 立ち振る舞いも優雅で彼の出生が気になったけれど、私はベッドから体を起こした。
 私の格好はいかにも平民の娘と言う出で立ちで庶民らしく髪を編み込んでいる。
 この綺麗な絨毯にふさわしくない粗末な靴で、フランシスの後を追った。

 蝋燭(ろうそく)の炎が揺らめき、微動だにしない鎧騎士が点々と監視するように立っている。
 それが妙に不気味に感じられ、私はぎゅっと自分のエプロンを握りしめた。
 ラウドの森は薄暗く昼間でも陰鬱(いんうつ)としていたけれど、夜になると幽霊でも出てきそうな雰囲気だわ。
 威厳のあるこのお屋敷に、私のような平民が、足を踏み込むような場所じゃないって事がよく分かる。

「どうぞ、エルザ」
 
 ギィィ……と扉が軋む音がすると、正面には大きな肖像画があり、細長いテーブルの上豪華な食事が並べられていた。
 とても一人で食べ切れる量じゃないけれど、燭台の火に照らされた料理はどれも美しく、美味しそうだった。
 フランシスが言うように、このお屋敷の当主は人前に出るのが苦手なのかしら?
 家長が座る場所に姿はなく、私は案内された席に座った。

 肖像画に描かれた人は美しく気品があり、どこか冷たく恐ろしい目をしている。フランシスの言う、このお屋敷の旦那様かしら?
< 1 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop