同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。

 『色々あって』と濁してハッキリ明言しないということは、仕事上の事なのだろう。

 だったら訊いたところで、同じ医者という立場上、守秘義務があるので、いくら恋人といえども口外できないというのは百も承知だ。

 けど妙に引っかかってしまった私は、黙って聞き流すことができなかった。

「もしかして、何かトラブルでもあった? 皐さんのお祖父さんの事とか」

 そうして窪塚から返ってきたものは、私の予想とはまるで違っていて、私は大きな衝撃を受けることになる。

「実は、皐の祖父の件で親父と何度か話したときに、たまたま来日中だった、親父の古い友人のクリス博士と話す機会があって、医療チームのメンバーとしてシンガポールに来ないかって誘われててさ」

「ーーええッ!? クリス博士って。もしかして、シンガポールを拠点にしている世界的な脳外の権威の、あの、クリス博士!?」

「ああ。けど、俺、英語苦手だし、断ってるから安心して欲しい。向こう行ったら、いつ帰ってこられるかもわかんねーしさ」

「そうだったんだ。凄いね」

「あー、否、急に辞めたらしくて、たまたまな。その件で時間取られたのもあってさ。向こうはもうすぐ帰国迫ってて、焦ってるみたいでさ。ごめんな」

「……ううん」

「それと、実は、さっき、樹先生から聞いたけど、変な噂が出回ってるんだろ? けど、俺、神に誓っても鈴のこと裏切ったりしてねーし。第一、皐はただの義妹だし。仕事上、担当医としてちゃんと距離もとってるから、安心して欲しい」

「あー、あんなの信じてないから。圭のこと信じてるから平気」

「そうか。なら、いいんだけどな」

「うん」

 窪塚の話を聞いて、例の噂への懸念は晴れたものの、それとは異なる新たな疑念が生じることとなった。

 それは私との結婚があるからシンガポール行きを断ったけど、本音では、クリス博士の元で自分がどこまでやれるか試してみたいんじゃないだろうか。そのことで本当は揺れてるんじゃないか。そう思えてならなかった。

 だけど実際問題として、あの心配性の父が、窪塚と結婚してシンガポールに行くなんて言ったところで、結婚なんて許してもらえるとは思えないし。

 だとすると、結婚どころか、このまま別れることになりかねない。

 そう思うと、それ以上、シンガポール行きの件について言及することなどできなかった。

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