僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
「やっと落ち着いてきたから……明日は多分定時で上がれると思う。……だからさ、その、夜にでも少し……会えない、かな?」

 本当は「会いたい」と言いたかったけれど、寸でのところでその言葉を呑みこんで、僕は「会えないかな?」と言い変えた。

 どこまでも意気地がない。

 少し前までは、何が何でも彼女を振り向かせてやる!と(いわ)れのない自信があったのに……。

 彼女が僕と向き合ってくれればくれるようになるほど、逆に僕はどんどん自分の気持ちを出すことが出来なくなっていた。
 逃げるばかりだった彼女との距離がぐっと縮まった途端、それを壊すことが怖くなったんだ。

 だけど、僕が「会えないかな?」と告げた声に、葵咲ちゃんからの『会いたい!』という言葉が被さって、僕はすごく驚いた。

 そればかりか――。



理人(りひと)、今、どこにいるの?』

「え? ……アパート、だけど」
 そう答えると、
『今からそっちに行っちゃダメ?』

 なんと、彼女は明日ではなく、今日の予定を聞いてきたのだ。

 時計を見ると、二〇時を回ったところで。僕は思わず「ダメだ」と即答していた。

『……ごめん。そう、だよね。いくらなんでも今からなんて迷惑だよね』

 途端、電話の向こうで葵咲(きさき)ちゃんの落胆した声がする。

「そういう意味じゃない。女の子が夜遅くに一人で出歩くとかダメに決まってるだろ? 僕が迎えにいくから……どこにいるか教えて?」

 願わくは、安全な家にいると言って欲しかった。でも……。
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