僕惚れ②『温泉へ行こう!』
 でも、今は違う。

 さっきから目を合わせてくれない彼に、心細くて泣きたくなった。

 私は思わず手を伸ばすと、無言でハンドルを握る理人の腕にそっと触れる。

 その瞬間、理人の身体がピクリと震えた。でも反応はそれだけで。こちらを見ようともしてくれなかった。

 私は悲しくなって、彼に伸ばした手をおずおずと引っ込める。

 居た堪れない気持ちのまま、窓外に視線を転じると、膝の上に載せた手にギュッと力を込める。

 スカートのプリーツがしわになってしまうかもしれないけれど、そんなことも気にならないくらい、悲しかった。

 どのくらいそんな気詰まりするような時間が流れただろう。

 いつの間にか、車は人気(ひとけ)の殆んどない山の中に入っていた。

 私が立てた観光プランの中には、そんな山奥の施設はなかったはずだ。

(どこに向かっているの?)

 問いかけたいけれど、また無視されたらと思うと怖くて、私は何も聞けなかった。

 と、少し開けたスペースで、何の前触れもなく停車する。

 辺りを見回しても、何も見られそうなところはなさそうで――。

葵咲(きさき)降りて」

 不安になって理人の方を見つめたら、彼はシートベルトを外して車から降りながら私にそう言った。

 何が何だか分からないままに言われた通りシートベルトを外していたら、理人が助手席のドアを開けた。その気配に彼の方を見上げたら、怖い顔をした彼に、性急に車の外へ引っ張り出されてしまう。

 そのままギュッと手を掴まれたまま、半ば強引に私の手を引いて歩き始める理人。

「理人っ、どこに――」

 行くの?と問いかけようとしたら、急に立ち止まった彼に強く抱き寄せられた。そうして言葉ごと飲み込むように唇を塞がれる。

「……んっ」

 息継ぎも出来ないような激しいキスに、私はただただ翻弄(ほんろう)された。

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