私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

アルバムのために

(藤崎さん……)

 ドキドキと胸が騒ぐ。
 メッセージを見たいような見たくないような気分だ。
 契約の恋人になって『曲作り』に協力するとは言ったけど、藤崎さんは本当に続けるつもりなの?
 続けるのがうれしいのか、止めるのがいいのか、判断がつかなかった。
 そうはいっても、放置するわけにはいかないので、メッセージを開いてみた。
 彼からのメッセージはひと言。

『明日は休み?』

 どうしよう? 休みだけど。
 TAKUYAのライブ明けだから、休みだと思ったのかな。休みだと思うよね。
 さんざん迷ったあげく、『休みです』と私もひと言で返事をした。
 すぐ既読がつく。

『うちに来ない?』

 どうしよう? どうしよう?
 やっぱり見なければよかった。
 見ないまま、寝てしまえばよかった。

「あっ、そこの道を左に曲がったところで停めてください」

 気がつくと、家に近づいていたので、慌てて、タクシーの運転手さんに指示する。
 料金を払って領収書をもらって、タクシーを降りる。
 家が近づくと急激に眠くなってきた。
 マンションのエレベーターのボタンを押すとすぐ扉が開く。
 五階を押して、壁にもたれた。
 緊張が解けたからか、心身ともに疲れがどっと出てきた。

(やっぱりお風呂に浸かるのはムリだ……)

 エレベーターを降りて、ようやく自分の部屋に着く。鍵を閉めて荷物を置くと、ソファーに倒れ込んだ。
 疲れたー。
 うっかりそのまま寝てしまいそうだ。

(あっ、藤崎さん! やりとりのの途中だった……)

 のろのろとスマホを出すと、私が返信しなかったからか、藤崎さんから追加のメッセージが来ていた。

『お願い。来てよ。アルバムのために』

 ズルい。
 アルバムのためって言われると断れないじゃない。
 しかも、あの藤崎さんに『お願い』なんて言わせちゃった。
 こんな言い方じゃなくても、最初みたいに、『なんでもするって言ったよね』とか『契約の恋人になるって言っただろ』とか強制してもいいのに。

『夕方でもいいですか?』

 なんだか抵抗してみたくて、遅い時間を提案してみた。
 本当に明日はゆっくりしたいし、家事も溜まってるし。
 自分にも言い訳をする。

『いいよ。ありがとう』
『最寄り駅はどこですか?』
『恵比寿だよ。東口に十七時はどう?』
『わかりました』
『それじゃあ、明日。おやすみ』
『おやすみなさい』

(あー、約束しちゃった……)

 藤崎さんの綺麗な顔を思い浮かべる。
 リアルに『おやすみ』と耳もとでささやかれたのはつい四日前のことだけど、ずいぶん前のような夢だったような、現実感がない。
 だって、あの藤崎さんに抱かれたなんて……未だに信じられない。
 しかも、契約の恋人だなんて。
 アルバムができるか、藤崎さんが飽きるまで抱かれるだけの関係。
 藤崎さんは続けるつもりなんだね。
 深く考えると悲しくなるから、さっさと化粧を落として、シャワーを浴びて、寝ることにした。


 ♪♪♪


 目覚ましをつけずに寝たら、昼近くに目が覚めた。
 やっぱり疲れが溜まってたみたい。
 暑くてじっとり汗をかいていたので、まずはシャワーを浴びて、コーヒーを淹れると、ブランチにトーストを噛る。
 買い物に行かないと野菜も卵も冷蔵庫になにもない。
 とりあえず、洗濯機を回して、部屋の片づけをする。
 藤崎さんのところに比べて、私の部屋は1Kなので、すぐに掃除は終わる。
 広さは負けるけど、こだわりのアンティークデザインのチェストやローテーブルに、真っ赤なソファー、大きな花柄の赤系のカーテンが目を引く自慢の部屋だ。
 ロフトもついていて、そこを寝室にしているから、1Kでもすっきり見える。

(そういえば、藤崎さんはあの広い家をどうしてるんだろう? 片づいてたよね?)

 藤崎さんが掃除とか洗濯とかしてるイメージはない。
 ハウスキーパーでも頼んでるのかな?
 藤崎さんがパンツを干してる姿を想像して、クスッと笑う。
 やっぱりないよねー。

 洗濯ができたので、ラジオを聴きながら干す。
 出かけることが多いから、いつも全部、部屋干しだ。これだけはかっこ悪いんだけど、今の時期、ベランダに出るだけで暑いし、今日も出かけるしね。仕方がない。
 洗濯ものを干していると、ラジオから『ブロッサム』が聴こえてきた。
 もちろん、TAKUYAの歌うブロッサムだけど、それに重なって、藤崎さんが耳もとで歌ってくれた『ブロッサム』を思い出す。

(素敵だったなぁ)

 伏せた目が色っぽくて、形のいい唇が紡ぐ音楽は極上で、艶っぽい声が耳をくすぐった。私のためだけに歌われた『ブロッサム』。
 息づかいが聞こえる距離で、熱っぽいまなざしで藤崎さんが歌ってくれた。
 本当に贅沢な時間だった。

「はぁぁぁ」

 熱い溜め息をつく。

(どうしてあんなに素敵なんだろう? それなのに、なんで私になんかに興味を持ったんだろう?)

 周りにいないタイプでもの珍しかったのかな? ……あり得るわね。
 だから藤崎さんにとっては新鮮で、曲のイメージも湧くのかも。
 ということは、契約が終了になる時期もそれほど遠くないかもしれない。
 切ない想いで『ブロッサム』を聴いた。
『藤崎東吾さん作詞作曲の今話題の『ブロッサム』、TAKUYAさんでした。この曲、メロディもいいけど、歌詞がまたいいですよねー。女の子を一途に想う男の子の心境がキュンとくるというか。TAKUYAさんの甘い声も合っててすごくいい! あー、私もこんな風に想われたーい! ……なんて、リクエストは大阪市のぴょんちゃんでしたー。次の曲は……』
 テンションの高いDJの声で、我に返る。
 TAKUYAの『ブロッサム』もいいけど、藤崎さんの歌う『ブロッサム』はまた一味違っていいのよ。
 でも、それは私しか知らない……。

 洗濯物を干してから、冷蔵庫が空っぽだったので、近くのスーパーに買い物に行く。
 陽射しが暑くなってきた。
 もうすっかり夏ね。
 街路樹の影を選んで歩くけど、ちょっと進んだだけで汗が吹き出てくる。
 帰ったら、もう一度シャワーを浴びよう。

 一週間分の食材を補給して、ついでにおやつにドーナツを買ってきた。
 ちょっと買いすぎて、荷物が重い。
 手に食い込むビニール袋を持って、汗をかきながら家に戻った。

 ドアを開けるとまず冷房をつけた。そして、シャワーを浴びてすっきりする。
 ラジオをつけると、また『ブロッサム』が流れてきた。

(すごい! 流行ってない?)

 お湯を沸かして、待ってる間にスマホでダウンロード回数を調べたら、ぐんぐん伸びていた。
 この伸びは、なにかで取り上げられたのかしら?
 コーヒーを淹れて、ドーナツを食べながら、検索をする。
 そのうち、『SNSで話題』というワードが出てきて、SNSで検索してみると、なんと発信源は藤崎さんだった。
『ブロッサムは僕の中で特別な曲。僕の中で歌に対する意識が変わった。恋に落ちる瞬間がうまく切り取れたと思う』

(なにしてくれてるんですか、藤崎さん!?)

 藤崎さんのSNSはたまに『眠い』とか『あきた』とかポツリとつぶやくくらいだけど、ちゃんとチェックはしてたはずなのに、いつの間にこんなのつぶやいてたのよ!
 日付を見ると、昨夜だ。
 ライブ最終日で、ワーッとなってた時だった。
 見ている間にも、どんどん拡散されていって、見たこともない数字になっている。
 コメントも、『今までの中で一番好き!』『歌詞がとにかく沁みる』『僕もあんな恋がしたい』『片想い中ですごく共感した』と肯定するものばかり。

 『藤崎さんが恋に落ちた瞬間なの?』

 なんてコメントもあって、ドキッとした。

(藤崎さんは、どんな人と恋に落ちるんだろう? きっと素敵な人なんだろうなぁ)

 沈み込みそうな心を切り替えて、仕事脳に戻す。
 とにかく『ブロッサム』がバズってる。
 慌てて、社長に連絡を入れて、プロモーションを強化しようという話になる。
 TAKUYAにも連絡を入れると、とても喜んでいた。
 『絶対、次の曲取ってきてね!』とまで念押しされた。
 今からその本人に会うけど、かえってそんな話できないよ……。
 『まぁ、頑張ってみる』と気のない返事をして、電話を切った。

 いい時間になってきたので、着替えて、化粧をする。
 普段はTシャツ、ジーパンというラフな格好しかしないけど、恵比寿と言われるとそれなりの格好しないとと思い、数少ないワンピースを選んだ。
 鏡に映る私は、上気した顔で、いつもよりきっちり化粧をして、まるで今からデートに出かけるようだった。

(違うから! 恵比寿だから気合を入れただけだわ!)

 首を振って、鏡から目を逸らした。
 暑いので、素足にサンダルを履いて、外に出た。
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