私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

嫌なの?

 余裕のなさそうな藤崎さんにソファーで抱かれた。
 藤崎さんは身を離すと、私にキスをして、「ごめん、ちょっと曲を書いてきていい?」と言った。
 早速、曲が浮かんだらしい。
 曲作りのために抱かれているのだから、私に異論はない。

「もちろんです」
「その間、休んでてもいいし、風呂に入っててもいいよ。好きなようにしてていいから」
「はーい」

 身繕いすると、藤崎さんはリビングを出ていった。
 その後ろ姿を見送ると、深い溜め息が出た。

「はぁぁ……」

 私はソファーで体育座りをして、膝に顔を埋めた。
 まだ身体中に藤崎さんの痕跡が残っている。

 自分にとってずっと特別だった人に抱かれるのって、意外と切ない。
 役得だとは思う。あの藤崎東吾に抱かれるなんて。
 うれしい気持ちもあるにはある。

 でも、甘く優しくされると胸が痛い。契約の関係なのにと思ってしまって。
 もっと不遜に、私の意志など構わず、奪ってくれたらよかったのに。
 それとも淡々と抱かれたら、もっと割り切れたかな。
 作曲のためだから、淡々としてたらダメなのか……。

 ぽたっと脚に水滴が落ちた。

「……希? 泣いてるの?」

 ふわっと全身を包むように抱きしめられた。
 そっと目もとを拭って顔を上げると、心配そうな藤崎さんの顔が目の前にあった。
 
「藤崎さん? どうして?」
「パジャマ代わりの服を持ってきたんだ」

 早く曲を作りたいはずなのに、私のことを考えてくれてたんだ。
 申し訳なさと喜びの二重の感情が生まれ、どんな顔をしていいのかわからない。

「そんなに嫌だった? それなら、もう抱くのは止めるよ。でも、こうして顔を見て、触れるのは許してほしいけど」

 ずるい。頬を優しくなでられて、そんな悲しげな目で見られたら、なんでもしてあげたくなってしまう。だって私は藤崎東吾の大ファンだから。

「嫌なんかじゃないです! 私が曲作りに協力すると言ったんだから、ここにいる間は藤崎さんの好きにしていいんですよ?」

 そう言うと、藤崎さんは複雑な表情で、私の目もとにキスをして、「でも、希をこんなふうに泣かせてまで抱きたいとは思わない」とつぶやいた。

「それに………」

 藤崎さんは言うのをためらった後に続けた。

「君を抱かなくても、たぶん曲作りはできる。そばにいてくれるのなら。ただ僕が希を抱きたいだけなんだ」

 そっか、性欲処理も兼ねてるんだ。
 男の人だもんねー。
 抱いた方が曲が浮かぶのかもしれないけど。

 せっかくいびつな関係を止めるチャンスなのに、私は明るく笑って言ってしまった。

「別に抱いていいですよ。そもそも泣いてませんし。今はちょっと疲れて、あくびが出ただけです」

 切なくても、やっぱり藤崎さんに抱かれたいんだなぁ。
 他人事のように思って、私は苦笑した。

「希……」

 藤崎さんは私を判断しかねたのか、途方に暮れたような顔をした。そんな顔を藤崎さんにさせてしまうのが申し訳なくて、その頬に手を当てて、私からキスをした。
 藤崎さんは驚いて目を見開いた。

「いいんですよ。藤崎さんがしたいようにして」
「ありがとう」

 ぎゅっと抱きしめられて、熱い口づけを落とされる。
 あの藤崎東吾が曲のためとはいえ、私を求めてくれている。それを振り払うことなど、私にはできなかった。
 私はそのキスに応えた。


 しばらくして、藤崎さんが困ったように言った。

「……希、とりあえず、服を着て? 裸で好きにしていいとか言われると、さすがに抑えが効かなくなる。今は君を休ませてあげたいのに」
「わぁっ!」

 私は慌てて身体を隠した。
 顔が沸騰する。
 藤崎さんがTシャツと短パンを渡してくれる。
 くしゃっと私の髪をなでると、「シャワーでも浴びておいで」と言って、リビングを出ていった。

 私はソファーの下に落ちてた下着と貸してもらった服を着て、ワンピースをたたむ。
 そして、買ってもらった下着を持って、浴室に向かった。

 洗面台にはこないだ買った歯ブラシが置いてあって、そんなささやかなことに喜びを感じる。
 藤崎さんの生活の中に私がいる……。
 結局、私は藤崎さんのそばにいるのがうれしいみたいだ。

 シャワーを浴びて、スッキリする。
 気分も一緒にスッキリして、さっきまでウジウジしてたのが一新した。

 藤崎さんに優しくされるのはうれしい。
 抱かれるのもうれしい。
 曲ができるのもうれしい。
 それでいいじゃない。
 単純な話だわ。
 うん、物事のいい面を見ないとね。
 反対側には目をつぶって。

 リビングに戻って、喉が乾いたので、冷蔵庫からミネラルウォーターをもらう。
 ソファーでスマホを弄ってネットチェックをして時間を潰すことにした。


 私がネットを見ていると、ほどなくして藤崎さんが戻ってきた。

「もうできたんですか?」

 まだ一時間ぐらいしか経っていない。
 びっくりして、問いかけた。
 それに答えず、藤崎さんはソファーにいる私を引き寄せて、頬にキスを落とした。
 眉をひそめて、私の髪をなでる。

「……君がまた泣いてないか、気になって気になって、集中できなかった」

 耳もとでささやかれて、ドキッとする。
 でも、深い溜め息をつく藤崎さんに、すぐ申し訳ない気持ちになった。
 曲作りに協力すると言ったのに、邪魔をしてるみたいだ。

「だから、泣いてないですって! それに、シャワー浴びたらスッキリしました」

 そう言って、微笑んでみせる。今度は本当にムリをしていない。
 藤崎さんはじっと私を観察して、納得したように頷いた。

「僕は案外、君の涙に弱いみたいだ」
「じゃあ、なにかすごいお願いするときは泣いて頼むようにします」

 私が冗談で言ったのに、藤崎さんは「そんなことされたら断れる気がしない……。頼むから、とんでもないお願いは止めてよ?」と本気で困った顔をする。
 その顔が本当に情けない顔で、藤崎さんでもこんな顔をするんだと私は吹き出す。

「もう、冗談ですよー。変なお願いなんてしないですって」
「ほどほどのお願いなら、いくらでも聞いてあげるよ。プロモーションに駆り出してもいい。もちろん、事務所の許可は必要だけど」
「すごく有り難いですけど、あんまり仕事の融通を利かせてもらうと、変に勘ぐられても困るので……」

 身体で仕事を取ったなんて思われるのは絶対嫌だ。
 今でもかなり危ういところにいる気がするのに。

「そうか、下手に僕が動いたら、君に迷惑をかけるんだね……」

 額に手を当て、悲しげに藤崎さんがつぶやくから、私は急いで言葉を重ねた。

「迷惑なんて! 前にも言いましたけど、一曲もらえたら、それでいいんです。藤崎ファンとしては、あとは早くアルバムを作ってくれたら」
「アルバムね……。希の頭の中はそればかりだね。君の期待に応えられるように頑張るよ」

 苦笑いして、藤崎さんはうなずいた。


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