私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

同棲なんて!

 それから、数ヶ月。
 週に数回藤崎さんから連絡があって、仕事の都合や用事の関係で週に一回ぐらい藤崎さんのところへ行くという生活が続いた。

 会うなり求められる時もあれば、手料理を振舞ってくれたり、映画を見たりして、まったり過ごす時もあり、まるで本当の恋人同士のような扱いだった。
 そして、藤崎さんは常に甘かった。契約のことを言い出したときの不遜な感じはどこにもなかった。

(なんでだろう? ミューズと思ってくれてるからかな……)

 何度も抱かれて、私の身体はすっかり藤崎さんに馴染んでしまった。
 それと共に、藤崎さんの家の洗面所に私のクレンジングや化粧品のスペースができて、クローゼットには私の着替えがかかり、だんだん私の物が増えていった。
 ふと我に返ると、そんな現状にめまいがしそうになる。
 こんな贅沢な生活を味わってしまって、契約が終わったら、私はどうすればいいのだろうとおそろしくなる。
 

 しばらく前に、マネージャーの佐々木さんとも打合せをした。

 『ブロッサム』の連作になる曲をもらう話をしたら、佐々木さんは「あら?」と目を瞬いた。

「こないだまでスランプで書けないって荒れてたのに、いきなりできたのね」
「何曲かできたって言われてましたよ」
「そうなの? 楽曲提供を待ってる人がいっぱいいるんだから、できたなら早く言ってくれなきゃ!」

 佐々木さんはプンプン怒っていた。
 やっぱり待たれてますよね……。
 なのに、順番を飛ばして曲をもらっていいのかしら?

 私が不安げにそう言うと、佐々木さんはおかしそうに笑って手を振った。

「それは大丈夫よ! 東吾は暴君だから、彼がいいと言ったらいいの。希ちゃんが気にする必要はないわ」

 佐々木さんは藤崎さんに容赦ない。
 暴君という言葉に吹き出しながらも、ほっとする。

「よかったぁ。すっかりこの曲でプロモーション考えてたから助かります」
「TAKUYAくんの今の勢いが加速しそうね」
「そうなんです! おかげさまで、『ブロッサム』で注目されて、その連作の歌ということでさらに注目度を高められます!」

 よかったわねと目を細めた佐々木さんが、ふいにいたずらっぽく笑った。

「それにしても、ずいぶん東吾に気に入られたのね」

 からかうような佐々木さんの目に、私は動揺を隠すのに苦労する。
 当然、私たちの関係については言えない。契約の恋人として抱かれてるなんて。
 何気ない風を装って返す。

「私がしつこいからですよ。前にも『根負けした』って言われましたし」
「それだけでは東吾は書かないけどねー」

 佐々木さんはにやにや笑っていたけど、それ以上突っ込まれず、ホッとする。
 きっとなにかあると思ってるだろうけど、そっとしておいてくれるところはやっぱり大人だ。


 ある日、また藤崎さんから「今日来ない?」と連絡があった。
 ちょうど明日は休みだったので、「わかりました。仕事が終わったら行きますね」と返事をした。
 このところ、すれ違いが続いていて、気がつくと二週間ぶりかもしれない。

 今夜は藤崎さんのところに行くと思うとそわそわして、気づくとついぼーっとして手が止まってしまっていた。

(ダメだわ、集中しなきゃ!)

 自分で頬を叩いて気合を入れる。
 
(さっさと仕事を片づけて、藤崎さんのところに行こう!)

 そんなふうに思うと、まるで恋する女の子が好きな人に会いたくて仕方ないかのようで、危ない危ないと自分を諫める。

(ファンが推しに会いに行くのを喜ぶのは自然なことよね? うん、そうだわ)

 首を振って雑念を追い出すと、私は仕事に集中した。


 ♪♪♪


 少し遅くなったけど、二十時過ぎには藤崎さんの家に着いた。
 ドアを開けるなり、藤崎さんに熱烈な抱擁を受けた。
 硬い胸板に顔を押しつけられ、シトラス・ウッドのさわやかな香りを吸い込む。

「やっと来てくれたね……」

 渇望するかのような声でささやかれると、胸が苦しいほど高鳴る。
 深いキスをされてから、ようやく部屋に通された。

(作曲がうまくいってなかったのかな?)
 
 彼の歓迎ぶりにそう思い、熱くなった頬を押さえ、気持ちを落ち着けようとする。
 でも、リビングに行く短い間にも手をからめられ、キスを何度も受け、なかなか動悸が治まらない。
 そんな私をよそに、満足したらしい藤崎さんが涼しい顔で聞いてきた。

「ご飯食べた?」
「まだです」
「じゃあ、一緒に食べよう」

(待っててくれたのかな?)

 そう思うと、温かい気分になり、微笑んだ。

「ん? なに? なにかおもしろいことあった?」
「仕事から帰ってきて、ご飯が待ってるなんて、最高だなと思って」
「じゃあ、一緒に暮らす?」
「……!」

 さらりと告げられた言葉に私は絶句してしまった。
 じっと私の様子を観察しているような藤崎さんに、すぐからかわれてるだけだと気づいて、膨れる。

「もう! 私で遊ばないでください!」
「……本気なんだけどね」
「え……?」

 料理を用意しようとキッチンに向かいかけていた藤崎さんは、こっちに戻ってきて、私を腕に閉じ込めた。
 そして、その綺麗な顔を寄せて言った。

「本気でここで暮らさない?」
「え、どうして……?」
「どうしてって……希に会いたいからだって思わないの?」

 藤崎さんは心外だというように瞬いた。
 突然の同棲の誘いにドキドキが止まらない。
 でも、こんな口説き文句のような言葉をまともに受けてはいけない。
 
(一緒に住んだ方が曲作りが効率的にできるからよ、きっと)

 そう思ったら、藤崎さんが心情をばらした。

「それに、君に誘いを断られるのは、毎回思ったより精神を削られるんだ……」

(ほら、やっぱり、そんな理由だった)

 眉尻を下げる藤崎さんに苦笑する。

「そんなに断ってませんよ。仕事でやむを得ない時だけで」
「断られてるよ。だから、今回も会うのは久しぶりなんじゃないか……。しかも、希から連絡をくれることはないし」

 藤崎さんが拗ねた口調でぼやく。
 それでピンと来た。

「あー、わかった! 断られたことがないからショックなんでしょ?」
「……考えてみたら、断られるもなにも、今まで誘ったこと自体がなかったかも」
「なにそれ! このモテ男! 曲の深みを出すために、ぜひ普通の人の感覚を味わってください!」
「違うよ。誘いたいと思ったことがなかったんだ」

(藤崎さんなら、自分から行かなくても、どんどん誘われるでしょうからね。それにしても、誘いを断られるのが嫌で同棲しようと言い出すなんて、安易すぎるわ!)

 私はあきれた視線で藤崎さんを見た。すると、彼は額に手を当て、私を流し見る。
 色っぽいしぐさにドキッとする。

「もう充分味わったよ……。切ない曲が山ほどできた」
「それなら、いいじゃないですか!」

 しょぼくれた顔で同情を引こうとする藤崎さんを突っぱねる。
 今でも切なさで胸がしめつけられるのに、同棲なんてしたら、心が持たないわ。
 なんとしてもあきらめてもらわなくては、と言葉を重ねる。

「曲ができるなら万々歳ですよね? それに、まだまだきっと充分じゃないですよ。世の中の人はもっと理不尽に断られてるんですから!」
「ひどいな、君は……」

 ガックリする藤崎さんがちょっとかわいそうになる。
 確かに、仕事のせいだからだけど、何度か藤崎さんの誘いを断ってる自覚はある。仕方なく私は譲歩した。

「しょうがないですねー。じゃあ、藤崎さんが誘わなくてもいいように、私が休みの日はここに来ますよ。藤崎さんが来るなという時以外は」
「それで僕は、君が来るのをただ指を咥えて待ってるの?」

 私の最大限の譲歩だったのに、藤崎さんは不満顔だった。
 だから、私もむくれて言った。

「だって、しょうがないじゃないですか。一緒に住むなんてあり得ないし」
「君にとってはあり得ないのか……」

 傷ついたような表情で、藤崎さんはふいっと顔を逸らした。
 そのまま会話を切って、キッチンへ向かう。

「藤崎さん?」

 その後をついていくと、彼は硬い表情で夕食のお皿を並べている。
 怒ったのかな?
 無言で手際よく料理を準備していく。

 私も大概だわ。
 あの藤崎東吾の誘いを何度も断るなんて。
 契約を終了されてもおかしくはない。
 まぁ、藤崎さんが未だに契約を継続してることの方が不思議だけど。
 曲作りのヒントになってるのは確からしいから、私を切れないのかな。

 でも、一緒に住むなんて、付き合ってもいないのにムリでしょ?
 契約の恋人には荷が重いわ。
 藤崎さんは『契約の恋人』という言葉をくれたけど、実態はただのセックスフレンドだ。フレンドなんておこがましいから、ただセックスする関係? 
 同棲だなんて、手軽にセックスできるようにしたかったのかな?
 なんて思うと、胸がざわざわする。

 ふいに頬に温かい手が触れた。
 いつの間にか、藤崎さんが私を見ていた。

「僕が傷ついてるはずなのに、なんで希が泣きそうになってるの?」
「泣きそうじゃないですよ」

 慌てて微笑んでみせる。
 しまった。つい考え込んでしまっていた。

「そんなに嫌なの?」
「嫌とかいう問題じゃないです」
「じゃあ、なにが問題なの?」
「なにがって、問題だらけじゃないですか!」
「そうかな?」
「そうですよ」

 藤崎さんは深い溜め息をついて、「食べよっか」と料理をテーブルに運んだ。

 あまり会話も続かず、夕食を終えると、私はソファーに押し倒された。
 そして、じっと探るように見られる。

「こうされるのはいいのに、同棲は嫌なの?」
「嫌ではないんです」
「じゃあ、いいじゃん」

 藤崎さんと一緒に暮らす……。
 毎朝起きて「おはよう」と微笑んで、「行ってきます」「行ってらっしゃい」と見送られて、「おかえり」と出迎えられて、藤崎さんの腕の中で眠りにつく。
 なんて、幸せな生活。
 でも、いつまで? そんなことをしたら、藤崎さんに飽きられるのも早いだろう。
 どちらにしても、アルバムができるまでだ。
 その後は?
 想像したら、心が壊れそうになった。
 きっと耐えられない。

「やっぱり嫌です」
「ひどいな、君は……」

 藤崎さんは目をすがめ、私の答えを待つかのように一瞬止まった。
 そのあと、口づけてきて、私の言葉を覆そうとでもいうように何度も何度もキスをしては、私を翻弄した。

 その日は寝室に連れて行かれて、ほぼ一晩中抱かれた。



 朝になって――いや目覚めたのはお昼近くだった――目を覚ました私に藤崎さんが「昨日はかわいかったよ」とにこやかに口づけた。昨夜の不機嫌は一掃されていた。
 楽しげな彼の笑顔に微笑み返して、私はまた目を閉じた。

 次に目を開けたのは、昼を大幅に過ぎた時だった。
 今度は心配そうに覗き込む藤崎さんと目が合った。

「希、ごめん。無理させ過ぎちゃった?」

 私が起き上がろうとしたら、身体のあちこちが筋肉痛のように痛い。
 いろいろ激しかったもんね……。

「大丈夫です」

 起き上がって、服を探す。
 藤崎さんが下着や着替えを差し出してくれた。
 有り難く着替える。
 藤崎さんはとっくに着替えてるのに、自分だけ裸のままは恥ずかしい。

「ご飯食べられる?」
「はい、お腹空きました」
「それはよかった。あそこのパンを買ってきてあるよ」
「うれしい! メロンパンはあります?」
「もちろんあるよ」

 藤崎さんは心得てるというように笑った。

 ブランチをしながら聞くところによると、昨夜、私は休みの日はもちろん、ほかの日も二日おきに藤崎さんのところに来る約束をしたらしい。ってことは、ほとんどここに来るってことじゃない!

「本当にそんなこと言いました?」
「間違いなく約束してくれたよ」

 まったく記憶がない私は疑いのまなざしを彼に向けた。
 自信満々にうなずく藤崎さんを見て、必死で記憶をたどる。
 昨夜は気持ちよくなりすぎて、半分意識がなかった。
 それを思い出して、頬が熱くなる。

(確かに、なにかをねだられて、なにかに頷いた気がする。それがそうなの?)

「でも、それって卑怯じゃないですか?」

 むくれる私に「これでも妥協したんだから」とうそぶく藤崎さん。

「約束は約束だから守ってよ?」
「わかりましたよ……」

 念を押す藤崎さんに見送られて、帰途についた。

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