私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

甘い言葉

 藤崎さんにもらった曲には『One-Way』というタイトルがついた。
 発表までに時間があったので、『ブロッサム』の続きの曲として、藤崎さんがちょこちょことアレンジしてくれて、『One-Way』はとても素敵な曲になった。
 このタイミングで藤崎さんから新曲をもらったことを社長やTAKUYAに話すことにした。

「希さん、マジで!? すげ~! ありがとう!」

 小躍りしたTAKUYAは私を抱きあげるとくるくる回り、最大限の喜びを表した。
 背の高いTAKUYAより視点が高くなって、事務所の景色が流れるように変わり、くらくらして彼に掴まった。
 もう、藤崎さんといい、TAKUYAといい、私を気軽に抱きあげすぎだよ!

「ちょ、ちょっとTAKUYA! 目が回る~!」
「だって、本当にうれしいんだもん! あ~、マジか!」

 ギュッとハグして、ようやくTAKUYAは私を下ろしてくれた。同僚がなにごとかとこちらを見ている。
 興奮冷めやらぬというようなTAKUYAは置いといて、社長に向かって、『One-Way』が『ブロッサム』の続きの歌になっていて、藤崎さん側にもそういう扱いでいいと許可を取っていることを告げた。

「それはすごいな。注目作になるぞ!」
「そうですよね! SNSで連作になってるっていうのを流したり、歌詞を流したりして、ストーリーになってるのを強調しましょう!」
「希さん、すごいね! どんな魔法を使ったの? 藤崎さんにそんなことをしてもらえるなんて!」

 純粋な瞳をキラキラさせて、TAKUYAがナチュラルに聞いてくる。
 一瞬、ぐっと詰まるけど、なんとか言い訳をする。

「なんだろう? 『ブロッサム』の続きの歌がほしいって言ったらアイディアが湧いたみたいだから、それで早く曲を書いてくれたのかも」
「なるほどね~。先に連作のアイディアがあったのか。やっぱり希さん、すごい!」

 ごまかした私を称賛するようにTAKUYAが見てくるので、ちょっと心が痛かった。
 でも、藤崎さんと私の関係をばらすわけにはいかないもんね。
 三人で軽く打ち合わせをして、今後の方針を立てた。

「これから忙しくなるぞ~」

 社長がうれしそうに笑った。


「それでね、私がそう言うなり、TAKUYAが私を抱えてぐるぐる回るから、驚いちゃって……」

 今日は藤崎さんの家に行く日だったので、一緒に夕食をとりながら、昼間のことを藤崎さんに報告していた。
 オーバーリアクションのTAKUYAがおかしくて言ったのに、藤崎さんは形のいい眉を寄せて私を見た。
 思った反応と違って戸惑う私を引き寄せて、じっと見つめる。

「うれしそうだね」
「そりゃあ、TAKUYAがあんなに喜んでくれるから……」
「TAKUYAくんがうれしいと、希もうれしいの?」
「そりゃそうですよ」
「ふ~ん。TAKUYAくんはもしかして希のことが好きなの?」
「へっ? そんなわけないですよ~」

 私が笑って否定すると、「じゃあ、逆に……」と言いかけて、藤崎さんは「なんでもない」と口をつぐんだ。
 なんだか機嫌が悪くなった藤崎さんに、どこが癇に障ったんだろうと首をかしげたけど、わからなかった。

 その日は久しぶりに抱きつぶされた。
 もともとなにかあって、機嫌が悪かったのかもしれない。


 ♪♪♪


「なんだか結構忙しいんですけど?」

 私は藤崎さんに文句を言った。

 このところ、約束通り、二日おきに藤崎さんのところに来てるんだけど、『One-Way』の売り込み準備に、スタジオ収録、ジャケット写真撮影、デザイン、関係各所への根回し、プレスリリース等など、仕事が目まぐるしい中、自分の家に帰ったり、藤崎さんのところに来たりとなんだか忙しい。今日はどっちだっけ?とわからなくなることもしばしばあって、そのたびにカレンダーとにらめっこする。

 と言っても、仕事が終わって藤崎さんのところに来ると、夕食は出してくれるし、片づけはしなくていいし、翌日仕事がある日は抱かれることはないし、恵比寿だから交通の便はいいし……。

(あれ? もしかして自分の家より快適じゃない?)

 しかも、よく藤崎さんに後ろから抱かれて座って、彼を背もたれにテレビを見てる。寛ろぎまくってる気がする。彼の匂いにつつまれて、うとうとしちゃう時もあって、その時はいつの間にか藤崎さんがベッドに運んでくれる。
 冷静に考えると、この状態に文句を言うのは、世の中の女性に怒られそうだな。
 いや、ファンである私も怒る。
 自分でそう思って、私は苦笑した。

「だから、一緒に暮らそうって言ってるのに。うちだと上げ膳据え膳だし、掃除洗濯は家政婦さんがやってくれるし、仕事場にも近いでしょ? 忙しいなら、なおさらここに住んだ方がいいよ」
「それはそれで社会人としてダメになりそう」

 それに、そんな生活に慣れたら、元に戻った時につらすぎる。
 っていうか、藤崎さんはまだそんなこと思ってたんだ。

「こうやって通うようになったから、藤崎さんの嫌いなお誘いをしなくてよくなったでしょ? それなら、一緒に住まなくても……」
「希にいつもそばにいてほしいって思ったらダメなの?」
「そんなわけ……」

 契約の恋人に対して、そんな誤解しちゃいそうなことを平気で言わないでほしい。
 作詞家でもあるからか、藤崎さんは甘い言葉をすぐ口にするから困る。

(作曲のため、作曲のため、作曲のため……だだそれだけ)
 
 呪文のように頭の中で繰り返す。
 それでも、その呪文はとうに効かなくなっていて、溜め息をついて、私は話題を変えた。
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