あなたに、キスのその先を。
 でも、修太郎(しゅうたろう)さんにそう言われて思い返してみると、今までも彼は私が高橋さんと二人きりで話したりしていると、邪魔をなさりにいらしていたことに思い至って――。

 私自身、お話がしやすいからと高橋さんに頼りすぎていたことを反省する。
 あれでは修太郎さんを不安にさせて当然な気がした。

 ――でも、修太郎さん、それは誤解なんです。

「修太郎さん、高橋さんは私に許婚(いいなずけ)がいることをご存知です。……それに、それを差し引いても……彼は私のことを妹ぐらいにしか思っていらっしゃらないと思います……」

 高橋さんには妹さんがお二人いらっしゃるらしくて……と続けようとしたら、ギュッと抱きしめられてその先の言葉を封じられてしまう。

「例えそうだとしても……。僕が、嫌なんです」

 私を強く抱きしめたまま、しぼり出すようにそうおっしゃる修太郎さんの声は小さく震えていらして。
 それに気付いた私は、思わず彼の背中に腕を回して抱きしめ返すと、「分かりました」とお答えしてしまっていた。

 下心など微塵(みじん)も感じさせない、とても優しい高橋さんには申し訳ないけれど、私にとっては修太郎さんのほうが大切で……。その彼を苦しませてしまうというのなら、そうならないように(つと)めたい。

 トン、トン……と幼子(おさなご)をあやすように修太郎(しゅうたろう)さんの背中を柔らかなリズムをつけてゆっくりと叩きながら、そんなことを思う。

 そしてこの時には理解できなかったけれど、私は修太郎さんが、どうしてそんなに高橋さんのことを気にしていらしたのか、(のち)になって知ることになる。
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