あなたに、キスのその先を。
 修太郎(しゅうたろう)さんが私に何か言い募ろうとなさったとき、ポォーン……という音がして、エレベーターが停止する。

 ついで、扉が大きく開いて――。

「ほら、さっさと出ますよ」

 健二(けんじ)さんが、微妙な空気になった私たちの背中を押すようにして、カゴの外に押し出した。

「さっきも言いましたけど、込み入った話は着席してからにしましょうよ。兄さんも……」

 そこで私の頭をくしゃりと撫でて
「――日織(ひおり)さんも」
 と、おっしゃる。

 その感触にハッとして視線をあげると、目の端で修太郎さんが健二さんを睨んでおられるのが見えた。

 でも、健二さんは意に介した風もなく歩き出されたあとで。

「ほら、あそこが店の入り口ですから、二人とも急いで」

 健二さんに急かされたのをいいタイミングとばかりに、私は修太郎さんの手をスッと振りほどいて健二さんに続く。

 修太郎さんが、そんな私の後を慌てて追っていらっしゃる。その気配を感じながら、健二さんの斜め後ろに立つと、店の入り口前に椅子が五脚ほど置かれているのが見えた。

 その、左端に座っておられた方が、私たちを認めて立ち上がられて――。

 私に追いついた修太郎さんが、その人に気付いて息を飲まれたのが、分かった。

「――佳穂(かほ)……」

 修太郎さんが小さく吐き出すようにつぶやかれたお声は、その方のお名前らしかった。
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