あなたに、キスのその先を。
 佳穂(かほ)さんは、ご自身の方を向かれた健二(けんじ)さんの頬に軽く手を添えられると、当然のようにその唇をお(ふさ)ぎになられて。

「……なっ、お前っ」

 これにはさすがに健二さんも驚かれたみたいで、佳穂さんが離れたと同時に、いきなり奪われた唇を押さえて真っ赤になられる。

「てぃ、TPOをわきまえろっ」

 言いながらも、それはキスされたことが嫌だという感じではなくて……、こういう場でいきなりそんなことをされてしまったことを照れていらっしゃる感じだった。

「あら? だって健二。口でいくら言うよりこの方が手っ取り早いじゃない」

 ペロッと舌をお出しになると、佳穂さんがとても楽しそうにクスクス笑う。

「……この、酔っ払い女っ」

 健二さんが吐き捨てるようにそうおっしゃったら、「私がこのぐらいじゃ酔わないの、健二(アナタ)が一番知ってるでしょうに」と畳み掛ける。

「佳穂、健二、お前ら……」

 と、横合いから今まで無言だった修太郎(しゅうたろう)さんの驚いた声がして。

 どうやら修太郎さんもお二人のことはご存知なかったみたいで、呆然とつぶやかれたそのお声に私も驚く。

 あぁ、そういうことだったのか、と修太郎さんが合点がいったように独り言を吐き出されたのをお聞きして、私はやっと声を出すことが出来るようになった。

「あ、あの……」

 私はお二人のキスを見て、何故か照れてしまって――多分それは日頃は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な健二さんの照れる姿を()の当たりにしてしまったことも影響していると思う――、声を発してはみたものの、しどろもどろになってしまう。

 やっとしぼり出した呼びかけにしても、健二さんへ向けたものなのか、佳穂さんへ向けたものなのか自分でも分からなくて。言いさしたまま、次の句がつげなくて止まってしまう。
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