あなたに、キスのその先を。
 一方、塚田(つかだ)さんは――。

「いえ、僕のほうこそ藤原(ふじわら)さんが質問しにくい雰囲気を出していたのかも知れませんね。申し訳ない」

 言いながら、視線で席のほうへ戻ることを(うなが)してくる。

 声はとても穏やかだし、いつも通りの優しい塚田さんに見えるけれど……何となくいつにない気迫のようなものを感じてしまった私は、小走りで彼の後を追う。
 途中背後を振り返って高橋(たかはし)さんに会釈(えしゃく)をすると、彼は笑顔で小さく手を振ってくれた。


***


「そういえば……今週の金曜日なんですけどね――」

 席に戻ると同時に、塚田(つかだ)さんが私に話しかけてくる。

 デスク上に置いた卓上カレンダーを確認すると、金曜は三日後だった。

「はい」

 何だろう?と思って塚田(つかだ)さんを見ると、「うちの係で貴女の歓迎会をやろうという話になっているんですが……、藤原(ふじわら)さん、ご都合はいかがですか?」と聞かれた。

 その言葉に、私はもう一度カレンダーを手に取って視線を落とす。

(一応、何の予定も入っていないはずなのですけれど)

「あの……多分大丈夫だとは思うんですが、……その、お返事は両親に確認してみてからでもいいですか?」

 この年になって両親に、というのは恥ずかしいなと思いながらも、許婚(いいなずけ)のことが頭をよぎって、私は思わずそう言っていた。

(高橋さん、せっかく自分の気持ちに素直になれってアドバイスをくださったのに、すみません!)

「もちろん、それで構いませんよ」

 知らず、身体に力が入っていたのか、カレンダーをギュッと握り締めてしまっていて、大好きな塚田さんに「そんなに気を張らないで?」と気を遣わせてしまった。

 (私、本当に駄目な子なのですっ)

 私は、高橋さんが聞いたら「まーた卑屈になってる!」と、叱られそうなことを思っていた。
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