私のおさげをほどかないで!
 谷本くんが騒ぎに気付いてこちらに近づいてこようとしてくれたけれど、私はゆるゆると首を横に振ると、彼を止めた。

「ごめんね、びっくりさせちゃったね」

 眼前の彼――鳥飼(とりかい)さん――はバツが悪そうに鼻の頭を掻いてから、「ところでさ、向井ちゃん。ゴム(それ)、いつまでも持ってるの、恥ずかしくない?」って聞いて、クスクス笑うの。

 私は慌てて(くだん)の小箱をビニール袋の中に突っ込んでから、恐る恐る彼を見上げた。

 庇ってもらったお礼、言わなくちゃ。

 そう思うのにうまく言葉が出てこなくてソワソワしていたら、
「あ。もしかして、使うあてなくなったのに買うの?とか思ってたりする?」
 聞かれて、そんなこと思ってもいなかった私はブワッと顔が熱くなるのを感じた。

「そっ、そっ、そっ……」

 余りに感情がぐちゃぐちゃになりすぎて、うまく言葉が出てこない。

 鳥飼さんは、そんな私を見つめて楽しそうに微笑むと、「そ?」って意地悪く聞いてきて。

 私はその視線にムカッとして、やっと次の句が継げた。

「そんな破廉恥(はれんち)なこと、考えてません!」

 キッと彼を睨みつけて言ったら、案外シン……としていた店内にその声が響いてしまった。

 ハッと我に返った私は、一気に恥ずかしくなる。

「……ぶはっ。破廉恥って……。久々(ひっさびさ)に聞いたわ」

 私の声が響いたのを払拭するみたいに、店内に鳥飼さんの笑い声が響いた。
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