私のおさげをほどかないで!
 呼び出し音数回で『もしもし(りん)ちゃん? 久しぶりだね』と、聞き慣れた穏やかで優しい幼なじみの声がして……。

 あー、のぶちゃんの声、やっぱり癒される。どこかのチャラ男の低音ボイスとは大違いよ! あの声は、基本、私をソワソワさせるだけだもの。

 私に追いついてきた鳥飼(とりかい)さんを無視して、私は電話に集中する。
 歩みも止めない。

「ごめんね、のぶちゃん、急に。――今、大丈夫?」

 聞いたら、『小学校は土曜もお休みだからね。家でだらだらしてただけだし平気だよ』と柔らかな声音。
 多分そうじゃなかったとしても、のぶちゃんは私を気遣ってそんな風に言ってくれる人だ。

『何かあった?』

 ずっと連絡しなかったのに急にかけたからかな。心配そうな声音で聞いてくれる。

 何もなかったと言ったら嘘になるけれど、のぶちゃんにSOSを出さないといけないような何かがあったわけではない。

 胸の奥がチクリと痛んで、心の中でごめんなさい、と謝る。

「んーん。何もないんだけど……勉強のことで少し相談したいことがあって……」
 咄嗟についた嘘だったけれど、要領の悪い私だから、あながち困っていなかったわけでもない。

『凜ちゃん、小学校の先生目指してるんだっけ?』
 問われて、「うん。のぶちゃんみたいな」と答えたら『じゃあ、経験者として僕が教えてあげられること、ありそうだね』って笑い声がした。

 そう。幼い頃からのぶちゃんはこんなだったなって、懐かしさに心ががほわりと温かくなる。

 私のすぐ後ろを、ストーカーみたいについてくる鳥飼(とりかい)さんがいることも忘れて、私はのぶちゃんの声につられるように笑顔になっていた。
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