ママになっても、極上ドクターから独占愛で迫られています
 しかし、首を縦に振ることはできなかった。

「すごく嬉しいし、できればついていきたい。でもお母さんをひとり残してはいけないし、仕事も辞められない」

 正直な想いを伝えると、蒼さんは悲しげな色を瞳に滲ませた。

「そうだよな」

 重苦しい沈黙が落ちる。さっきまでまったく耳に入ってこなかった店内に流れる音楽がやけに大きく聞こえた。

「みちるは俺の帰りを待っていてくれるか?」

 いつも彼の内側にある自信に満ち溢れた輝きはなりを潜め、あと数時間後に世界が消えるような、そんな悲痛の面持ちでいる。

 そうさせているのは私のせいなので、心臓を握り潰されたような強い痛みを感じた。

 待つと告げたら、蒼さんは別れないままアメリカへ行くのだろう。

 三年半か……。現実的に考えて、気が遠くなりそうな年月と距離を乗り越えられるほど私のメンタルは強くない。

 それに父親の借金問題が残っている。借金取りが家にまで来るような環境に身を置いている私と、将来有望でたくさんの人たちに必要とされている彼とでは不釣り合いだ。

 ここで別れたら、蒼さんは気兼ねなく莉々沙先生とお見合いだってできるし、彼女なら同じ医師としてアメリカに渡ることも可能なのではないだろうか。
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