一途な外科医は彼女の手を繋ぎ止めたい

プロローグ

毎日の日課。
私の朝は6時に近所の公園へ愛犬キキを連れて散歩に行くことから始まる。

「キキ!行くよ」

声をかけるとキキは待ってましたと言わんばかりにリードを咥えて玄関に持ってきた。

「いいこだね。さ、いこっか」

私はキキを連れて欠かすことなく散歩に行く。
キキは5年前に飼い始めたラブラドールレトリーバーのメス。性格は穏やか。でも茶目っ気があり時折イタズラをする可愛い子。この前もキキのハウスの中から私のスマホケーブルが出てきた。多分私が大切にしてるから面白がって隠したんだろう。私が見つけるとキキはフラーっと部屋からいなくなり、廊下で耳を垂らして反省していた。あの姿を見たら怒れなかった。

小さな頃から犬を飼いたかったが両親が仕事で忙しく、もし私が世話できなくなっても自分達はやれないから、とずっと飼ってもらえなかった。
成人し、ようやく親を説きふせてやっと飼うことを許された。
その両親も飼うのが大型犬だと聞き驚いていたが今では「キキちゃん」と呼びメロメロだ。
私が研修の時など父が自ら散歩を申し出るくらい。本当は両親も犬が好きで飼いたかったんだと思った。けれど私と兄の子育てに忙しかったんだろう。
特に優秀な兄は中学から受験をし、難関校への進学を決めた。その後も頭角を表し付属高校へ進み、大学は海外へと飛び出していった。

そんな兄とは違い私は平凡そのもの。兄妹だとは思えないほどに秀でるものはなく、周囲からも可哀想な目で見られていた。
そんな視線を何も感じなくなるほどに普通のことになってきていた。

ただ、その優秀な兄がいるため両親はバックアップに忙しく私の子育ては祖母に任せきりに近かった。
でも決して悲しかったわけでも寂しかったわけでもない。
両親は私のことを気にかけてくれていることもわかっていたし、祖母もずっと私のそばにいてくれた。

唯一、犬を飼ってもらえないことだけが不満だったというくらいだ。

私はもちろんおばあちゃんっ子に育ち、食べるものも考え方もおばあちゃんの血が色濃い子供になった。そんな大好きなおばあちゃんのため医療関係で働きたいと思ったが何せ血を見るのが苦手。看護師は断念したが医療関係で働きたい気持ちは変わることなく医療事務の資格をとり今は原島総合病院の病棟クラークになった。

病棟クラークとは患者の入退院の手続きを始め、治療に使ったもののコストをチェックすることや保険請求の手続き、その他雑務を請け負うもの。基本1人で行っており、休みを取るときは他の事務員がフォローに回ることになっている。毎日とても忙しいけど病棟にいると患者さんに覚えてもらい声をかけてもらうこともたくさんある。スタッフと話すことも多く、特にナースとは仲良くなり日勤の後は飲みに行くこともある。
毎日充実しているなぁって感じるけど唯一彼氏がいないことが寂しいところ。
おばあちゃんは、早く結婚して孫を見せてというけど残念なことにその予定は今のところない。
お兄ちゃんもアメリカで医師免許を取ったばかりなので当分結婚はしなさそう。

「あーあ、早く結婚しておばあちゃんに孫見せたいなぁ」

散歩しながらキキに話しかけた。
キキは私の顔を見ながらしっぽを振っている。

キキに言っても仕方ないか。
いつもの噴水のある公園へ行き、ぐるりと回っているといつもの犬友達に会った。

「由那ちゃん、おはよう」

「ぽんちゃんママ、おはようございます。今日もお互い早いですね」

「本当よ。どんどん早くなってるわ」

ぽんちゃんママは近所のおばちゃん。
私のことを名前で呼んでくれるけど私が名字で呼ぶのも堅苦しいのでこう呼んでいる。

犬友達はみんな、なんとかちゃんママと呼ぶのが常だ。

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