想い出は珈琲の薫りとともに
会社用だと買い求めてくれた豆。それがもう無くなりそうだと穏やかに話すと、井上さんはまた同じものを購入してくれた。
「お挽きしなくてよかったんですか?」
棚にあったものを全部欲しいと言われて、それを紙袋に入れる。基本、店で買っていただいた豆はお挽きしてお渡しするが、今回は必要ないと言われたのだった。
「ええ。実は会社に電動ミルがあるんです。アルテミス開業前は職場で試飲することも多かったもので」
「さすが……。本格的ですね」
もう井上さんに会っても緊張することはない。昔からの常連さんのように笑顔で話ができるようになった。そして軽口すら言えるように。
「社員さんたちにうちのコーヒーが好評なのは嬉しいです。ぜひ店の宣伝もお願いしますね! ショップカードならいくらでもお渡ししますよ?」
物販コーナーの隅にあるカードを数枚取ると、わざとらしく掲げて見せる。井上さんはそんな私を見てクスクスと笑っていた。
「亜夜さんは商売上手だ。そうですね。《《今度は》》教えることにしましょうか」
(今度……?)
笑ったまま手を差し出され、私は不思議に思いながらカードを手渡した。
「……亜夜さん」
さっきまで笑っていたその顔は急に神妙な顔付きに変わり私の名を呼んだ。
「どうかされましたか?」
「約束してください。ご自分と、そしてなにより、風香さんが幸せだと思う道を選ぶと」
なんの前触れもなくそう言われ、私は驚いてその顔を見つめた。
「私は、お二人が幸せになることを願っています」
憂いを帯びた表情。どうしてそんな顔をするんだろう。そう考えたとき、前に聞いた言葉を思い出した。
(そういえば……父親の顔を知らないって……)
もしかしたら、私たちに自分を重ねているのかも知れない。だから、こんなにも気にかけてくれているのか。
「ありがとうございます。こんな素敵な友人がいるんです。私は幸せですよ」
それが正解なのかわからない。
私の答えを聞いて、井上さんは切なげに薄らと微笑んでいた。
「お挽きしなくてよかったんですか?」
棚にあったものを全部欲しいと言われて、それを紙袋に入れる。基本、店で買っていただいた豆はお挽きしてお渡しするが、今回は必要ないと言われたのだった。
「ええ。実は会社に電動ミルがあるんです。アルテミス開業前は職場で試飲することも多かったもので」
「さすが……。本格的ですね」
もう井上さんに会っても緊張することはない。昔からの常連さんのように笑顔で話ができるようになった。そして軽口すら言えるように。
「社員さんたちにうちのコーヒーが好評なのは嬉しいです。ぜひ店の宣伝もお願いしますね! ショップカードならいくらでもお渡ししますよ?」
物販コーナーの隅にあるカードを数枚取ると、わざとらしく掲げて見せる。井上さんはそんな私を見てクスクスと笑っていた。
「亜夜さんは商売上手だ。そうですね。《《今度は》》教えることにしましょうか」
(今度……?)
笑ったまま手を差し出され、私は不思議に思いながらカードを手渡した。
「……亜夜さん」
さっきまで笑っていたその顔は急に神妙な顔付きに変わり私の名を呼んだ。
「どうかされましたか?」
「約束してください。ご自分と、そしてなにより、風香さんが幸せだと思う道を選ぶと」
なんの前触れもなくそう言われ、私は驚いてその顔を見つめた。
「私は、お二人が幸せになることを願っています」
憂いを帯びた表情。どうしてそんな顔をするんだろう。そう考えたとき、前に聞いた言葉を思い出した。
(そういえば……父親の顔を知らないって……)
もしかしたら、私たちに自分を重ねているのかも知れない。だから、こんなにも気にかけてくれているのか。
「ありがとうございます。こんな素敵な友人がいるんです。私は幸せですよ」
それが正解なのかわからない。
私の答えを聞いて、井上さんは切なげに薄らと微笑んでいた。