想い出は珈琲の薫りとともに
「そうなんです。こんな時間でも安心して飲めて、ホッとする味なんです」

 顔を綻ばせながら隣を見上げると、薫さんは目を細めていた。

「亜夜は、相変わらずコーヒーのこととなると熱くなる」

 優しく響く低い声。元々表情の動きは少ない人だったはずだ。なのに、今はその感情を心のままに表現していた。
 一目で何を思っているのか勘付いてしまうほどの甘い表情に、私の頰は火照っていた。

「……す……みません」

 つい謝ると、薫さんはカップを置き両手で私の頬を包み込んだ。

「褒めているんだよ。誇りに思うといい。君はエドさえも唸らせた。そんな人間はそうそういないのだから」

 その長い指がつうっと頬を撫でる。その仕草に背中が粟立つ。ぞわりと駆け上がる感覚は嫌なものではない。その感覚に押し流されてはいけない。そう思うのに……。

「……そんな顔をしないでくれ」

 苦笑いしながら薫さんは言う。けれどそう言いながらも撫でる指は止めていない。私の反応を楽しんでいるのかと勘繰ってしまう。

「薫さんが……させてるんです」

 唇を尖らすように答えると、薫さんからフフッと息が漏れた。

「困ったね。そばにいられるだけで充分だと思っていたのに」

 薫さんは自分に言い聞かせるように呟くとそっと手を離す。その温もりが遠ざかる前に、私はその手を取った。

「私も……。思ってました。会えるだけで充分だって。でも……。自分は欲深いんだって思い知りました。もっと触れて欲しい。もっと触れていたいって思ってしまうんですから」

 もう隠しておくことなどできない自分の気持ち。それを打ち明けると、薫さんは驚いたように瞳を揺らしていた。
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