想い出は珈琲の薫りとともに
 真砂子はホッとしたように私を見るとフフッっと笑みを零す。

「よかった。いつもの亜夜で。実は心配してた。でも、あんなにゴージャスなイケメンが、悲壮な顔してよれよれで泣きついてたんだから、亜夜を捨てたわけじゃないんだなって」

「泣きついてないって。でも……捨てられたわけじゃないから。私が勝手に消えちゃっただけで……」

 真砂子には薫さんのことは詳しく話していないし聞かれてもいない。けれど、やっぱり心配してくれていたのかとヒシヒシと伝わってくる。

「にしても、何で今頃になって現れたの? 慌てて駆けつけましたって感じだったけど」
 
 それは私も不思議だった。井上さんから聞いてないのにどうやって辿り着いたのか。だから私は昨日そのわけを尋ねてみた。
 話を聞いて驚いたのは、綾斗くんのママ、唐橋さんは、薫さんの元同僚で部下だったということだ。でも、今は会社も違う。なのに何故? と思っていたら薫さんは言った。

「井上が唐橋に会いに行けと。きっとおしゃべり好きの唐橋のことだ。亜夜が井上と歩いていた話をするだろうと確信していたんだろう」

 本人には言わないという約束を守りつつ私たちが再会するよう仕向けた井上さんは、さすがと言うべきなのだろうか。

「実は……」

 私は昨日のことも含め、今まであったことを全部真砂子に話した。

「じゃあ昨日のお客さん、前から亜夜のこと知ってたんだ。亜夜が育休中も何度か来てた。オーナーがスペシャリティの豆を卸してくれてる会社の社長秘書だって……。って、その社長が穂積さん⁈」

 黙って頷くと、真砂子はポカンとしたまま私を見ていた。そして

「亜夜が……相手に言えないって言った理由がわかった」

 腑に落ちたように真砂子は呟く。

「だって亜夜は、自分のことは後回しにして相手を優先するでしょ?」

 さも当たり前のような顔をする真砂子に「そんなこと……」ない、と言う前に首を振られた。
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