想い出は珈琲の薫りとともに
 窓の外からは地面に激しく叩きつける雨音が聞こえてくる。

「にしても。すっごい雨だねぇ」

 真砂子はペンを持ったまま頬杖をつき外を眺めていた。ここからは隣の建物の壁しか見えないが、細い通路に落ちていく雨は粒まで見えそうだ。

「今日の夜にはましになるらしいわよ? そろそろ梅雨も明けてくれないと……」

 私は書いていたポップに文字を書き入れると、フウッと一息つく。

 梅雨の終わりの長雨はここ数日続いている。今日は特に激しく、それに伴い朝から客足は鈍い。梅雨どきにはいつものことだからしかたないけれど。

 せっかくだからと私たちは物販コーナーの整理をすることにした。シーズン毎に豆を置く位置を変えていて、それに合わせてポップも変えている。そろそろ本格的に夏仕様にしなくては、と思っていたからちょうどいい。

「そう言えば亜夜、そろそろ上がりの時間でしょ? 迎えに来てもらうんだっけ」

 真砂子は書きかけだったポップに向かい言った。

「うん。そのうち連絡入ると思うんだけど……」

 さっきまで書いていた何枚のポップを集めながら私は答えた。

 今日は午後から有給を取った。薫さんが前々から望んでいた、アルテミスに招待してもらうためだ。
 本当なら真砂子も一緒に、と薫さんは言ってくれていた。けれど、しばらく真砂子と同じ日に休みが取れず、その上薫さんとスケジュールを合わせるとなると難しく、今日は私一人だ。

「こんな天気だけど、楽しんできてね? デート!」

 書き終えたポップを持ち上げ、ヒラヒラさせながら真砂子はニヤリと笑う。

「デートってわけじゃ……」

「なんでよ〜。立派なデートじゃない。たまには二人で楽しんできなよ。ふうのお迎え、間に合わなかったら私行くよ?」

「ちゃんと間に合うように帰ります!」

 笑顔を浮かべる真砂子に照れを隠すように言い返していると、店の通用口のインターホンが鳴った。

「あ。私でるよ」

 今事務所にいるのは私たちだけ。真砂子はスッと立ち上がった。
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