想い出は珈琲の薫りとともに
9.nove
「ただいま」

「おかえりなさい」

 息を切らせ慌ててリビングに入ってきた薫さんは、私の腕に抱かれた風香を見てホッとしたようだ。

「今から寝るところかい?」

「はい。よかったね、ふう。今日はパパに会えたね」

 すっかり心を許した風香は、大好きなパパを見て喜んでいた。

 こんな生活を始めて二週間が過ぎた。薫さんと再会してもう一ヵ月以上経つのだから、時の流れは早い。

 風香の認知届も受理され、二人は親子になった。
 最初は時間を割いてうちに来ては私と風香の顔を見て帰る、という生活だった。でもすぐに薫さんは言った。

『もっと君たちと一緒にいたい』

 たしかに、忙しい合間を縫って顔だけ見に来るのは大変だったと思う。だから一緒に住むことにした。
 すぐに近所に候補の物件を探してきてくれて、そのうちの一つ、前に住んでいた家の目と鼻の先に引っ越した。
 
『前も言ったが、私のことは気にしなくていい。それに、君たちの助けになれないかも知れない』

 心苦しそうに薫さんは謝っていたが、私は首を振った。忙しいことなんて、はなからわかっているし、私だってほんのひとときでも一緒に過ごせるのは嬉しいから。

 先に寝室に入り風香をベッドに下ろす。二人で暮らしていたときは布団だったけど、今は三人で横になっても狭くないサイズのローベッドだ。
 照明を常夜灯に変え風香の横に寝そべると、着替えた薫さんが寝室に入ってきた。

「ふう? 今日はパパがいるからっておめめ開けてちゃだめよ?」

 風香の向こう側に横になる薫さんに、遊んで欲しそうに風香は手を伸ばしている。

「風香? もう寝る時間だ。パパがトントンしてあげよう」

 体を横に向け、片腕で自分の頭を支えている薫さんは、空いている手を風香のお腹に乗せた。
 最初こそ自分のことを『パパ』と呼ぶことに恥ずかしそうにしていた薫さんだけど、いつのまにかそれも板についていた。
 風香を穏やかに見つめているその姿を見るだけで、言い知れぬ幸福感に包まれていた。
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