想い出は珈琲の薫りとともに
「あの。私に務まるのでしょうか?このような立派なお部屋にいらっしゃるということは、それなりの地位をお持ちのかた、ですよね?」

私の疑問に、井上さんは少し笑みを浮かべた。

「貴女はパーティーに同行いただくだけで充分に役目を果たせます。元々婚約者がいること自体知るものはそう多くありません。日本から遠く離れたこの地で、相手が違うと指摘するような人間もいないでしょう」

そう言われると、途端にできるんじゃないかと思ってしまう単純な自分がいる。けれど、やはり不安ではあった。

「安心してください。衣装などは全てこちらでご用意します。他に何かあればできる限りのことはします。パーティーは明後日の夜。私たちには他に頼めるあてもありません。ここで貴女に断られたら、またローマ中を歩き回ることになってしまいます」

そう語る井上さんの顔には、確かに疲れが見える。もしかして今日一日、いや、それより前から、こうやって代わりがいないか探し回っていたのかも知れない。

「わかりました……。私もできるだけお手伝いします」

ここまで切羽詰まった話を聞かされて、私はもう断ることなどできなかった。
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