想い出は珈琲の薫りとともに
「いらっしゃいませ、高田様」

 待っていらしたのはご高齢の女性。月に一回ほど来店される、前からの常連様。お付き合いも気づけば数年になる。
 目尻に皺を寄せ柔らかな笑顔を見せる高田様は、とてもチャーミングだなといつも思う。

「桝田さん、こんにちは」

「お暑いなかお越しいただき、ありがとうございます」

「今日はね、水出しコーヒーっていうの? テレビで見てね、作ってみようかと思って」

 お年を召してもその可愛らしい表情が微笑ましい。今もそうだけど、お若い頃はさぞかしお綺麗なかただったんだろう。

「そうなんですね。実は最近人気が上がってきたので、今年から水出し用のパックを置き始めたんです」

 今までは水出しコーヒー用の豆だけを置いていたけれど、『もっと手軽に作りたい』と以前からお客様の要望もあり、今年商品化に漕ぎつけたのだ。

「それはちょうど良かったわ」

「とてもまろやかで飲みやすいものになると思います。ご主人様とお楽しみください」

 それから私は簡単に作り方を説明した。それに高田様は相槌を打ちながら聞いてくれていた。
 それももう少しで終わり、というとき背中側から聞き覚えのある音が聞こえた。それに顔を上げたのは高田様だ。私の向こう側を見た彼女の瞳はみるみるうちに開かれた。

清鷹(きよたか)さん? 清鷹さんじゃありませんか」

 高田様は私の前を通りそちらに回る。私はそれを目で追うように振り返った。

(……お知り合い……だったの?)

 高田様が駆け寄った先にいらっしゃったのは男性の高田様。その表情は少なからず驚いているように見えた。

「こんなところでお会いするなんて。お元気にされていらっしゃいましたか?」

「おかげさまで。美子(よしこ)さんこそ変わらぬようで安心したよ」

 どうやら久しぶりに会ったようだ。
 けれど美子さんが懐かしそうに明るくお話しされているのに比べ、清鷹さんの表情は少し硬い。

 どうされたんだろう? と少し離れた場所で不躾にならないよう気をつけながら私は様子を伺った。
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