想い出は珈琲の薫りとともに
「もう姉も三十三回忌。あれから三十年ですか。早いものですね」

「そう……ですな」

 聞かないほうがいいのかも知れない。そう思っても足が床に張り付いたように動かないでいた。美子さんは背を向けていて、私の様子が目に入るはずもなく、気にすることもなく話を続けた。

「姉が嫁ぐとき、正直心配しておりました。けれど、穂積の家で大事にしていただいた。今も感謝しております」

(穂積……? どういう……こと?)

 すうっと血の気が引いていくような感覚がする。なぜその名が出てきたのか理解が追いつかない。

「何もしておらんよ……」

 素っ気ない表情で清鷹さんは言う。けれど美子さんからは「ふふっ」と小さく笑い声が漏れていた。まるでそれが照れ隠しだとわかっているように。

「そんなことありませんよ。姉はいつも清鷹さんのことをお話しするときは楽しそうにしておりましたから」

「君たちは……本当に仲のいい姉妹だったな」

 清鷹さんは思い出すように懐かしそうな笑みを浮かべた。

 ここまで話を聞いてしまうと、二人の関係をなんとなく察してしまう。
 そうなると疑問が生じてきた。

(……どうして……私に偽名を使ったの……?)

 そのとき美子さんから「あらっ?」と聞えてきた。

「お待ち合わせなさっていたんですね」

 その人は慌てたようにこちらに向かってくると清鷹さんの隣に立つ。今まで見たことないくらい険しい表情をして。

「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」

「こちらこそ。立派になられましたね、薫さん」

 もう声すら出せなかった。ただ呆然と三人の姿を眺めているだけしかできない。薫さんはもちろん私のことには気づいている。けれど、そ知らぬふりをしていた。

「ありがとうございます。まだまだ若輩者でお恥ずかしいかぎりです」

 その表情は明るいものではない。薫さんは美子さんにそう言ってから清鷹さんに向いた。

「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」

 その声には怒りが含まれている気がした。
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