想い出は珈琲の薫りとともに
 海を遠くに望む高台にある洋館。それが本家だ。文化財にでも指定されそうなほど古いが、当主が大事にしてきた館は代々受け継がれてきた重みを感じるような佇まいだった。
 そこに今住むのは、現当主の祖父。そして次期当主となるだろうその息子、伯父の家族とその長男の家族の三代。
 それぞれが穂積の主要な役職に就いていて来客も多い。そのため本家の横には来客用の大きな駐車場が設けられていた。

「……凄い……」

 車から降りた亜夜はその建物を見て圧倒されたように小さく口にした。

「そうだね。私もあまり訪れることはないが、来るたびに同じように思うよ」

 緊張を和らげるように笑いかけると、亜夜も硬い表情を少し和らげた。

「ドラマに出てきそうですね。ほら、殺人事件でも起こりそうな」

「それは困るよ」

 わざと明るく返していると、一台の白い車が駐車場に滑り込んで来た。見覚えのあるその車の運転席には井上が乗っていた。

「ふうを降ろしますね。起きなかったらいいんだけど」

 時間は間もなく午後1時。風香が起きているとゆっくり話しができないかも知れない。彼女には申し訳ないが、いつも昼寝をしている時間に訪問することにした。
 早めの昼食を取り家を出た。風香はしばらくすると眠り始め、今もまだ夢の中だった。
 亜夜はいつもの抱っこひもを身につけている。その間に私はチャイルドシートから風香をそっと降ろした。

「薫さん、亜夜さん。遅くなりました」

「いや、私たちも来たばかりだ」

「井上さん、こんにちは。あの、今日のふうの服……」

 亜夜は井上に喋りかけながら、私に抱かれ眠っている風香に視線を送った。井上は風香を見ると笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。着せてくださったんですね」

「はい。いただいた時はまだ大きいと思ったのに、もうちょうどいいくらいで」

 家を出る前、亜夜は今日着せたワンピースは前に井上から貰ったものだと教えてくれた。どんな顔をしてこれを買ったのかと想像すると少し可笑しいが、その気遣いは嬉しかった。
< 159 / 224 >

この作品をシェア

pagetop