想い出は珈琲の薫りとともに
 真砂子が「知り合いならゆっくり話しておいでよ」と気を利かせてくれ、安藤さんも「亜夜ちゃんさえ良かったら」と言ってくれ、私たちはテーブル席で話しをすることにした。

「お待たせしました」

 テーブルで待っていた二人に、アイスのカフェラテを差し出す。

「亜夜ちゃん、ほんとにいいの?」

「いいんですって。久しぶりにお会いできたんですからサービスです」

 私もテーブルにつかせてもらい、真砂子の淹れたアイスコーヒーを置いた。

「サンキュー、亜夜ちゃん! じゃ、遠慮なく」

「ありがとうございます。いただきます」

 あまりにも二人の醸し出す空気感の落差に戸惑いながら「どうぞ」と促す。
 安藤さんは初対面のときから変わらずなんだか軽い。乃々花さんは品よく微笑み頭を下げている。さすが、正真正銘のお嬢様だ。

「で、乃々花はなんで亜夜ちゃんのこと知ってたわけ?」

 勢い良くカフェラテを啜ったあと、安藤さんは思い出したように尋ねた。

「プリマヴェーラへ行った日にお会いして。ほら、和希さんが急な出張で、薫様が代わりに式の打ち合わせについて来てくださったあの……」

「ああ、あんとき!」

 そう言えば、当時すでに元、とついていた乃々花さんとなぜ一緒にいたのか聞いてなかった。その理由を聞いて今更ながら納得する。

(彼女のように何もかも投げ打つ覚悟……)

 薫さんは乃々花さんのことをそんなふうに言っていたはずだ。確かにそうだ。婚約を解消し、結婚したのは元婚約者の親戚で上司。世間体は良くなかっただろう。
 けれど、目の前にいる二人は今、とても幸せそうだった。

「そういや、亜夜ちゃん。明日の本家の集まり行かないんだって?」

 またカフェラテに口をつけたあと安藤さんに尋ねられる。

「明日は元々仕事で。それに、お祖父様もいきなり大勢の親族に会うのは大変だろうから気にしなくていいって」

 本家からの帰り際、穂積様と呼びかけた私に返ってきたのは『どうかこれからは薫と同じように呼んで欲しい』だった。それから私は、有り難くお祖父様と呼ばせていただいている。

「まぁそうだよなぁ……。実はさ、明日、安藤家も全員呼ばれてて。なんか、新しい親族を紹介したいって。てっきり亜夜ちゃんだと思ったのに、薫さんは『違うが、楽しみに』なんて言うからさ」

 私には心当たりがある。けれど、安藤さんはそれが誰なのか聞いていないようだった。
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