想い出は珈琲の薫りとともに
「もう俺、嫌ですよ。エスプレッソばっかり。なんか無性に普通のやつ飲みたいです! どれかわかりますか? 井上さん」

 若いほうの男の人が、メニュー表を眺めながらそんなことを言う。そして井上さんと呼ばれたほうは溜め息とともに「安藤……。僕がわかるわけないだろう」と答えた。

 その会話に耳を傾けている私の前にはマキアートが現れ、それを置いたバリスタはニ人の元に向かい、注文を尋ねている。

「え〜と」

 安藤さんが口籠るのを見るに見かねて、私はそちらを向く。

「お手伝い、しましょうか?」

 背中越しにそう声を掛けると、私の隣に座っていた安藤さんは勢いよく振り返った。

「えっ! 日本語? 日本人?」

 一人でいた私は観光客には見えなかったのだろう。目を丸くして安藤さんはそう言った。

「はい。……あの、日本で出てくるようなコーヒーなら、カフェアメリカーノがいいと思います。アメリカンコーヒーより濃いとは思いますが」

 私がそう言うと、安藤さんは「へー」と私の顔を見ながら声を出していた。
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