想い出は珈琲の薫りとともに
 そんな和希とは、父同士が仕事の付き合いがあったこともあり、親戚のなかでは一番交流があった。
 父も、穂積の名から外れた者で自分たちの家督争いには関係のない人物だったからか、付き合うことをとやかく言うことはなかった。

「なあ。薫くんさ〜。将来なりたいものとかないの?」

 そんなことを尋ねられたのは、和希が高校受験を前にして、私が勉強を見てやっていたときだ。
 
(なりたいものなど……あるわけがない)

 幼いころからときおり尋ねられる質問に、私はいつも答えを詰まらせていた。穂積の名のつく会社で経営者として手腕を振るう。それが当たり前のように教え込まれていたからだ。
 和希に尋ねられたこのとき、私は大学三年生。周りが就活の話題をするなか、自分はすでに父の経営する会社に入ることが決まっていた。そして、数年ののち、その事業の一部を切り離し、その会社の社長として就任することも。

「和希には……あるのかい?」

 質問に質問で返すようで気がひけるが私は尋ねた。

「ん〜……。実はない。けど将来、薫くんの会社で雇って欲しい」

 和希はそう言うと《あのとき》のように屈託なく笑った。
 面食らった私は、また和希に尋ねる。

「なぜそう思う?」

 もう大人の域に差し掛かったその顔で笑顔を見せると和希は答える。

「薫くんさ、絶対誤解されやすいと思うんだよな。俺がいたら通訳できるでしょ? 何考えてるかの!」

 そんなふうに将来を語るのは、まだ中学生の特権なのかも知れない。けれど、こんな自分のことを思っていてくれるのは嬉しいと、このとき思った。
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