想い出は珈琲の薫りとともに
 結局のところ、私はただ横に立っているだけでその役目を果たすはずの彼女……、亜夜に助けられた。

 亜夜は、一見すると冷たそうにも見えたが、コロコロと表情を変える明るい女性だった。
 特に年も近く、元々人懐こい性格の和希にはすぐ気を許したようで、二人が会話する姿はまるで昔からの知人のようだ。
 自分の仕事の話、このローマで出会ったコーヒーの話。亜夜は人と話すことが上手く、嫌味なく相手の言いたいことを聞き出すことに長けていた。
 だが、何より驚いたのは、さほど出すことのない私の感情を、心の機微を、亜夜は的確に読み取ったことだ。

 亜夜と過ごす時間が増えるほど、私は自分の中にフツフツと湧き上がる感情に戸惑っていた。

 着飾っている亜夜は、堂々としていながら控えめに私に寄り添ってくれた。亜夜はまるで本当の婚約者、いや、恋人のように私に笑いかけてくれた。
 そして、パーティーでその感情が何なのか、はっきりと認識してしまった。

 期待以上にエドに気に入られた亜夜が、誘いを受けているのを見るだけで、それが軽いジョークだとわかっていても嫉妬している自分がいた。

(ああ……そうか。私は亜夜に惹かれているのか……)

 一度溢れ出た激情を止める術など私は知らなかった。どうしようもなく誰かを欲しいなんて劣情を抱く自分を。そして生まれて初めて、感情に突き動かれていた。


「……亜夜……」

 囁くように名前を呼ぶと、薄らと瞼を開き私を見つめていた。私の求めに応じてその体は熱を帯び、そしてそれに溺れていった。

(すべて、自分のものになればいい)

 これは、遠い異国の地が見せる束の間の夢なのだろうか。
 間違いなくこのとき、私たちの想いは同じだったはずだ。

 けれど……彼女は消え、私はそれを追いかけはしなかった。
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