政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
「存じません」
「どうしましょう……」

 父の会社のことを把握している取締役や秘書達も今日はもう帰ってしまっている。

「そのお手紙の内容についてお話ししたいと言っておられました」
 浅緋と母は顔を見合わせた。

「じゃあ、入っていただきましょうか」
 そう言った母と浅緋は玄関に出る。

 玄関先で立っていた彼を見て、浅緋は驚いた。
 とても綺麗な人だ。

整っていて涼しげで理知的な雰囲気の顔立ちに眼鏡が似合っている。
 スラリとした長身。黒いスーツの上にいかにも上品で高級そうなコートを羽織っていた。

 コートに雪がついていたのか、それはすでに溶けて水になっていたのだけれど、綺麗に整えられた髪からも、水が滴っていたのだ。

「あら、大変」
「澄子さん拭くものを持ってきて差し上げて」

「はい。ただいま」
 ぱたぱたと慌てて澄子さんが部屋の奥にタオルを取りに行く。

「こんな時に申し訳ありません」
 彼は濡れた髪から水が滴るのも構わず、玄関先で深く頭を下げた。
 よく響く、聞き心地のいい声だ。
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