政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 その時のことが、浅緋は目に浮かぶようだった。いかにも父が取りそうな行動。
 浅緋は申し訳ないような気持ちになる。

「目の前で封をされたんです。そうして、万が一のことがあったら、奥様にお渡しするように、と僕が預かっていました。そんな日は来なければいい、と思っていましたが」

 しん、とした玄関にストーブのチリチリ……という音だけが、その小さな部屋に響いた。

 時間だけが静かに流れる。
 母が口火を開く。

「そうですか……。会社についてのことは分かりました。私は経営のことは全く分かりません。ですから、この文書に基づいてしかるべき手続きをお願いいたします。それは弁護士さんとも打ち合わせを」

「かしこまりました」
「それからもう一つ、浅緋の件も、よろしくお願いいたします」
「私……?」

 浅緋は父親の会社に勤めていた。
 だから、会社に何かあってもクビにはしないように、とかそういう話だと思ったのだ。

「ええ。浅緋ちゃん、あなたはこちらの方にお嫁に行きなさい」

 え!?この方に?
 目を見開いて、つい片倉を見てしまった浅緋を片倉は穏やかな瞳で見つめ返していた。

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