極上の花嫁~石油王は揺るぎない愛を注ぐ~


――何時間寝ていたんだろう。

目を覚ますとまだ外は暗かった。時計の針は22時をさしている。

あんなに熱かった体の火照りはなくなりふらつきもない。

喉の渇きを覚えて部屋から出る。階段を降りていくとリビングの方から話し声が聞こえてきた。

永斗さんが誰かとしゃべっている……?

熱でうなされる私のそばに永斗さんはずっとついていてくれた。

時折頭を撫でてくれる大きな手のひらが心地よかったのを体が覚えていた。

「――永斗さ……」

「信じられない!!」

男性の声に思わず私は扉に背を向けた。

「――明後日のパーティで見ず知らずの女を婚約者に仕立てあげるなんて……!本気か!?とてもまともな考えだと思えない!」

「おい、社長に向かってなんだその口の利き方は」

「バカ言え。お前と俺は旧知の仲だろう!それに、今俺はお前の秘書で仕事上のパートナーだ」

「分かっている。だが、沙羅ならきっとうまくやってくれる」

永斗さんはよどむことなく言い切った。

「そんなことをしなくても、会長は永斗に全ての権限を譲るはずだ」

「ああ、でもそれは俺が結婚したらという条件付きでだ。父の体調は思わしくない。事は一刻を争う。それに、海が良くない動きをしているという情報も入っている」

良くない動き……?

永斗さんの深刻そうな声に思わずゴクリと唾を飲みこむ。

「海は腹違いながら血が繋がっている弟だ。けれど、容赦することはできない。今までも散々足を引っ張ろうとしてきた汚い人間だからな。今回も例外ではないだろう」

「もしもの時はどうするつもりだ」

「分からない。だが、海に会長職を渡すつもりはない。渡せば会社で働く人間が路頭に迷うことになる」

「お前の考えも分かる。俺だってそうなったら困る。だが、その女……沙羅は本当に信用できる人間なのか?」

会話の中に出た自分の名前に息をのむ。

「信用できるかどうかなんて今は関係ない。それに、沙羅は一週間後には日本に帰る。俺達は二度と会うことはないだろう」

「なるほど……。だから、彼女が適任だったわけか」

「そうだ。パーティには父だけでなく取引先の人間も大勢来る。そこで、沙羅を婚約者だと紹介し、父から会長職をもらえばあとはどうにでもなる」

永斗さんと私はただの契約の上でなりたっているということを嫌でも思い知らされる。

「だが、正式に結婚するわけではないんだろう?もしそのことを問い詰められたらどうする気だ」

確かにそうだ。

私と永斗さんが結婚するという口約束だけで会長職を譲ってもらえるとは思えない。

「安心しろ。彼女は日本人だ。すぐに結婚できない」

悪いと思いながらも私は永斗さんの言葉を盗み聞きしてしまった。

アメリカで結婚しようとするとき、役所に行きマリッジライセンスを取得しなければならないらしい。

そして、申請にはパスポートや戸籍謄本などの書類、血液検査、待期期間が必要になる。

さらには結婚式を行い、教会の神父や牧師、裁判所の裁判官などの資格のある司式者のもとで結婚を宣誓しなくてはならず、マリッジライセンスに司式者の署名をしてもらわなくてはならない。

婚姻届けを提出するだけの日本とは違い、そのあとも様々な登録など時間がかかる場合が多いようだ。

「日本人と結婚したことのある父ならすぐに結婚できないことも知っているはずだ。それに、父は日本人の女性が好きで二度も結婚をしている。父も沙羅を気に入るはずだ」

「さすが永斗。考えたな。だが、沙羅がお前に本気になったらどうする?本当に結婚しようとせまられたら?」

「そんなことはありえない」

胸が痛む。

そうだ。そんなことはありえないんだ。

あまりに怒涛の日々にすっかり頭の中から消え失せていた。

一気に現実に引き戻される。

永斗さんとすごす日々があまりにも怒涛すぎて頭の中からすっかり消え失せていた。

私は日本に帰り北条さんと結婚しなくてはいけないんだ――。

ここへ来る前は覚悟を決めていたはずなのに、どうしてその気持ちが揺らぎ始めたんだろう。

永斗さんに出会ってからの私は変だ。

自分自身がコントロールできない。

再び眩暈に襲われて私は足音を立てないように階段を上がっていく。

少し優しくされたぐらいで何を勘違いしていたんだろう。

私達は契約関係で成り立っている。それ以上でもそれ以下でもない。

鼻の奥がツンっと痛む。

たった数日一緒にいただけで二人の距離が近付いたなんて勘違いも甚だしい。

看病してくれたのだって、私の為ではない。

全ては会長職を得るため。私は彼にとって会長職を得るための踏み台……

道具でしかないんだ。

……もう寝よう。体調を万全にするのが今私が第一にすべきこと。

そして、明日から気持ちを入れ替える。

私が今この家にいる意味をきちんと理解しなくちゃーー。

私は音を立てないように部屋の扉を閉めると、再びベッドに潜り込んだ。
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