僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』

僕はやっぱり彼女には敵いそうにない

理人(りひと)、今日は夕方に待ち合わせして、ふたりでお出かけしない?」

 2月半ばの金曜日。
 身支度を整えて「行ってきます」と玄関先で葵咲(きさき)ちゃんに告げたら、いつもの「行ってらっしゃい」のキスの代わりに、上目遣いでそう問いかけられた。
 アーモンドアイの大きな瞳が、僕を見つめてゆらゆら揺れる。

 このところ数日、葵咲ちゃんの帰りが遅くて……正直僕は結構我慢の限界だったんだ。

 自分の中のドロドロした感情を押し殺して葵咲ちゃんのそばにいたからか、葵咲ちゃんからあの甘い香りが漂ってきた一昨日、僕は彼女の身体を僕のにおいで塗り替えようと躍起(やっき)になってしまった。
 要は日頃はしないような酷い責め方をして、葵咲ちゃんの身体から、彼女の体液と、僕のそれとが混ざり合ったにおいしか感じられなくなるような抱き方をしてしまったわけで――。

 さすがにアレはまずいと思ったから……昨日は風呂の準備をなるべく早く済ませるようにして、葵咲ちゃんが夕飯前にお風呂へ入るよう仕向けた。
 お風呂であの甘い香りを落としてきてくれたなら、僕はまだ平静を保っていられるから。
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